1. 何故、商社マンがキャリアチェンジを考えるのか?
コロナ前の話しであるが、20代の商社(総合商社)マンがキャリアチェンジを考えていた。
年収水準は国内企業で最高水準、それに、商社の場合は海外駐在というものがあり、海外駐在すると費用は会社負担の上、諸手当等も付くので実質年俸は跳ね上がる。
また、大手金融機関と違って、昇給ペースが早いので入社4年目で1千万円に到達する。
20代後半の彼の場合も、年収は既に大台に到達していた。
しかし、そのような好待遇でも若手商社マンでキャリア上の悩みを抱えている人は少なからずいた。当時は今ほど顕著ではなかったが、若手商社マンの退職率も徐々に増え始めていた頃であった。
その理由としては、現在と同様、年功序列が顕著で若い時は裁量が与えられないとか、看板で仕事をする業界なので個人の力量が試せないとか、金融、コンサル、ITのようなスキルが付かず将来の市場価値が不安といったものである。
今回の、20代後半の商社マンの彼の場合は、裁量云々よりも、市場価値・スキルに関する悩みがメインであり、投資銀行業務、アセットマネジメント運用職、戦略コンサル、VC等のプロ職への途を漠然と模索していた。
2. キャリアチェンジの王道は米国有力MBA留学
①米国有力MBAに私費留学するとキャリアチェンジはできそうだが…
彼の場合、もう第二新卒の年齢では無いので、金融専門職やコンサルに転身するには、私費MBAしかないと考えていた。商社の場合、社費留学という制度もあるが、極めて狭き門なので、それは狙わなかった。また、多くは無いが、商社の先輩には私費MBAを経て有名投資銀行、PEファンド、戦コンに転職できた人がいるので、MBAさえあればキャリアチェンジが可能だろうという見込みはあった。
もっとも、行動力も資金力もある商社マンであるが、それでも2年間で諸経費を含めて2千万を超える出費(勿論、奨学金と学資ローンで賄うのだが)と、準備期間も含めて卒業まで3年以上を要する壮大なプロジェクトであるので、なかなか私費留学を決断しきれないでいた。
そうすると、彼がMBAに関してブログを検索していると、青山学院大学MBAから戦コンに転職できた人がいるのを発見した。「国内MBAでもキャリアチェンジが可能かも知れない」と彼は考え、早速どういう選択肢があるのか調べることとした。
②国内MBAの選択肢
(1)全日制と夜間(パートタイム)とがある
優秀で行動的な商社マンの彼は、国内MBAについて1週間程で調べ上げた。
その結果、国内MBAには全日制と夜間(パートタイム)があるということを知った。
夜間(パートタイム)の場合、仕事を続けながら卒業が可能ということで、キャリアは分断されないし、給料も貰い続けるわけなので、資金的なメリットが非常に大きい。
しかし、夜間の場合は、必ずしも転職・キャリアチェンジを目的としたものではなく、今いる会社で働き続けることを前提としているように感じられた。実際、海外の有力MBAのような就職サポートシステムが見られなかった。
彼の場合、キャリアチェンジが目的なので、国内MBAを選択するにしても、全日制にした方が良いと考えた。各校のHPや卒業生のブログを見ると、全日制であれば就職支援システムがあるし、キャリアチェンジに成功しているケースも見受けられた。そこで、彼は、全日制に絞って、国内MBAの絞り込みを行った。
・慶應ビジネススクール(KBS)
・早稲田ビジネススクール(WBS)
・青山学院ビジネススクール(ABS)
・一橋大学ビジネススクール
彼は慶應出身であり、学歴ロンダの意図は全く無かった。
とにかく、キャリアチェンジに有利であることが最優先であった。そこで、これらの学校について調べることとした。
これらの学校は年数回、入学説明会を開催しているので、彼は早稲田と青学に参加してみた。
説明会では卒業生や現役の学生が質問に答えてくれるので、卒業後のキャリアについて聞いてみた。
結論としては、就職のサポート体制はあるし、実績としてはそれなりの大手企業には就職できているとのことであった。しかし、米国有力校からの進路の定番である外銀や戦コンについては、ゼロでは無いかも知れないが、ほとんど実績が無いということである。レベルとしては、コンサルであれば総合コンサル、金融であれば国内系大手金融機関といったあたりである。そうであれば、早稲田や慶應の学部レベルと大きく違わない。わざわざ、商社を辞めてまで行く価値は無さそうと彼は感じた。
(2)夜間(パートタイム)MBAも一応調べてみた
望みは薄そうだが、夜間の場合は特に失うものも無い。
そこで、一橋とグロービスについても調べてみた。一橋については金融コースがあり、グロービスについてはVCとかメガベンチャーにコネがあるかも知れないというのが理由である。
しかし、一橋については、もともと国内系金融機関で働ている人が、特定の金融分野(クオンツ系が多い)を勉強しに行くというイメージであり、キャリアチェンジをしに行く場所とは感じられなかった。
グロービスについては、傘下にグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)という国内トップクラスのVCを抱えているものの、GCPは10人にも満たない少数の組織であり、グロービスの入学とGCPへの転職が必ずしも直結しないということである。
夜間MBAについてはリスクは無いが、特にリターンも感じられなかったので、彼はそれ以上検討する気にはなれなかった。
3. 商社から米国有力MBAを卒業して戦コンにいった先輩の話を聞く
彼は、国内MBAではキャリアチェンジが難しいと考え、行くなら私費で米国MBAと思った。そこで、同じ商社から、米国有力MBA経由で戦コンに転身できた先輩に相談することとした。
その際、国内MBAの途も模索した経緯を説明すると、彼の先輩は何故国内MBAだとキャリアチェンジが出来ないかについて教えてくれた。
まず、米国MBAによってキャリアチェンジが可能な理由は、そこで勉強する内容ではない。もちろん、ファイナンス、経営戦略、マーケティングの基本知識があった方が良いのは間違いない。しかし、過去の他人の事例を事後的に勉強したところで、それは業務経験にはならない。それに、この手の知識は陳腐化するので、10年後、20年後にどれだけ有用かはわからない。だから、国内系MBAが米国有力校の真似をしたところで、それは企業からすると評価にはつながらない。
また、米国MBAでは英語を用いて、海外の優秀な留学生と異文化コミュニケーションができる。これは結構重要だ。日本人からすると英語力の強化に繋がるのは当然プラスだが、それ以上に、グローバル経験をある程度積むことができる。ところが、国内系MBAだと、これは当てはまらない。
そして、これが最も重要なのだが、米国有力MBAの場合、人脈ができる。米国のMBAの場合、生徒数も結構多いので、先輩、同期、後輩、そして国内及び海外と、非常に強固なネットワークがある。まあ、日本でいうと、学部レベルの学歴と同様だ。これは陳腐化するものではないし、MBAの講義内容と反対に、時間が経つに連れてどんどん強化される。国内系MBAの場合には、これが全く無い。
それを聞いて、彼は最初からこの先輩の話を聞いておけば良かったと思ったが、これで国内MBAの選択肢は完全に無くなった。
4. 米国MBAに留学して、本当に実現したいものは何か?
この先輩は彼に対して、アドバイスをした。
「私費でMBAに行けば、君が望むようなキャリアチェンジはおそらく可能だろう。ただ、問題なのは君がまだ戦略的なキャリアプランを持っていないことだ。外銀、MBB、PEファンド、アセマネ、ヘッジファンド、VC…。難易度が高く、周りから羨ましがられるような業界であれば何でも良さそうであるが、それだと就活生と変わらない。実際、ハーバード・ビジネススクールでも、金融の専門知識が無く、投資銀行やアセマネを受けても内定はもらえない。それぞれ相応の準備・対策が必要だ。それと、その業界を選択する長期的な目標が必要だ。これは本音の目標である。お金重視であれば、外銀とかヘッジファンドを目指せばいい。年収はそこそこで、プロ経営者になりたいのであれば戦コンがいいだろう。或いは、二桁億以上の生活を望むのなら、起業する他なく、MBA自体が遠回りかも知れない。」
彼は鋭い先輩に痛いところを突かれたが、そもそも、まともなキャリアプランを持っていないことを認識した。幸いまだ時間はあったので、彼は私費MBAの準備をする前に、まず、キャリアプランをもう少し時間をかけて練ることとした。