1. 理系と年収に関する問題。例えば、東工大の場合。
学士⇒修士⇒博士と、学位が上がるに連れて年収も増えることが期待される。しかし、理系の場合は必ずしもそうとは言えないかも知れない。
例えば、学部生の約9割が大学院に進学する東工大のケースを見てみよう。
<東工大の主な就職先:学部卒>
https://www.titech.ac.jp/student-support/pdf/103-r1-r3-g-shinro-1.pdf
上位には、アクセンチュア、日本経済新聞社、PwCコンサルティング、みずほFG、大和証券、東京海上日動火災保険、野村證券、丸紅と、メーカーではなく、コンサル、金融などが目立つ。
<東工大の主な就職先:修士課程修了者>
https://www.titech.ac.jp/student-support/pdf/103-r1-r3-m-shinro-1.pdf
他方、修士課程修了者、いわゆる院卒の場合について見ると、ほとんどがメーカーかIT系企業であり、アクセンチュアや三井住友銀行がランクインしているものの、学部卒と比べてコンサル、金融、商社などは目立たない。
年収という点においては、金融、コンサル、商社、デべ、マスコミ等のいわゆる文系企業の方が明らかにメーカーやIT系企業よりお高い。ということは、大学院にわざわざ進学した方が、年収では学部卒よりも低いということになってしまう。
さらに、下手に優秀で博士課程に進学してしまい、不安定なポスドク生活が長引いてしまうと、年収的には院卒、学卒よりも大きく劣ることになってしまう。
2. 理系はお金には興味が無いのか?
以上のように、理系の場合、学位と年収が比例しないという問題は今に始まったことではない。理系の学生も、そんなことはわかった上で研究や進学をしているのだろう。このため、文系からすると、理系はお金には興味が無く、自分が好きな研究が出来て学位が取れれば幸せなのだろうという風に見える。確かに、本人たちが納得しているのであれば何の問題も無い。
3. しかし、最近では、金融、商社、コンサル、デべ等、文系就職の世界で理系の存在感が高まっている?
理系の場合、年収が目的で進学や就職をするわけではないと思われていたものの、最近では微妙な変化が生じているのかも知れない。
何故なら、金融、商社、コンサル、デべといった高収入の文系企業において、理系の存在感が高まってきていると感じられるからだ。その理由としては以下のものが考えられる。
①DX、AI等、企業にIT強化のニーズが高まる
まず、企業側の理系に対する採用ニーズが強まっている。その背景としては、AI、DX等、文系企業においてもIT強化のニーズが非常に高まっているからだ。
コンサル(これは文系企業とは言い切れない面もあるが…)においては、企業のDXニーズが非常に強いことを受けて、新卒及び中途採用において採用活動を強化している。仕事柄、ITに詳しい理系が重宝されるので、アクセンチュア、アビーム、ベイカレント、Big 4系等の総合コンサルは理系の採用を拡大している。コロナ後においても、DXブームは衰えていないようだ。
金融機関においても、少子高齢化の進展による国内市場の縮小は不可避であり、店舗と関連人員を削減し、オンラインを強化せざるを得ない。また、システム関連費用は人件費以上に巨大な経費なので、これを如何に削減できるかは非常に重要な経営課題だ。このため、メガバンク等の大手金融機関は、IT系の優秀な人材を確保するために、別枠で理系の採用を強化している。
商社は、海外勤務のカッコいいイメージや、国内系企業ではトップの給与水準なので、就職難易度は非常に高い。ただ、商社はインターネット系の分野において全くと言っていいほど稼げていない。今までは、ネット系ビジネスの開拓・強化を怠っていても、資源エネルギーで稼げたので問題なかったが、今後はそういう訳にはいかない。このため、DX要員ということで近年理系の採用を強化している。
以上の様に、メーカーやIT系企業だけではなく、金融、商社、コンサル、デべ、マスコミ等の非常に多くの業種がIT強化のために理系を採りたがっている。理系はお金に興味が無いと言っても、当然、年収は高いに越したことはない。そして、理系の採用枠が拡がると、年収重視で文系就職を選ぶ理系が増えても不思議ではない。
②閉塞感打破のために理系が欲しい
DX、AI等に関連して、企業がIT系の採用を強化するために理系を採るというのは理解できる。ただ、そうであれば、企業にとって採用ニーズがあるのはIT系に強い理系のみということになる。
しかし、研究分野がITに密接に関連しない場合においても、人気の文系企業において理系の採用ニーズが強まっているように感じられる。
例えば、三井不動産と三菱地所は人気のデべの中でも特に難易度が高く、MMデべと言われて別格扱いされたりもする。デべの場合、必要な理系は建築・土木系と若干のIT系を採れば十分に思えるが、それに限らず、理系全体のシェアが高まっている印象だ。
また、金融セクターの中のアセマネ(アセット・マネジメント:資産運用会社)においても、新卒は理系ばかりと思えるほど、近年では理系のシェアが高まっている。アセマネの場合は、大手銀行、証券、生損保とは異なり、巨大なリテール顧客情報を有しないので、IT強化ニーズは大手金融機関ほど高くはない。クォンツという計量的な投資分析系のポジションがあるが、この分野のニーズが急増していることもない。しかし、それ以上に理系のシェアの高まりが目立つ。
商社においても、理系の存在感は高まっているように見えるが、採用されているのは専門分野がIT系の学生だけではない。
これは、国内ビジネスが中心で将来国内市場の縮小が不可避だったり、社内体制がコンサバで新規事業が生まれそうもない国内企業が、閉塞感を打破するために従来の社員とは異なるタイプの社員を採って企業変革をしたいという危機感の表れかも知れない。
4. 人気の文系企業の採用において、好まれる理系学生のタイプは?
文系企業による理系の学生の採用熱が高まっている最大の要因は、IT部門の強化であろう。従って、IT関連分野に強い理系が好まれることは間違いないだろう。
しかし、理系を採る理由は、それだけではなく、閉塞感を打破するための従来の社員には無いタイプの学生を採りたいという意図もあるだろう。
そうなると、研究テーマやスキルだけではなく、理系とは直接関係が無いソフトスキルのようなものも重視される。
例えば、マナー、文章力、コミュ力といった点は文系同様に重視される模様である。商社に内定した理系の学生と話すと、非常に礼儀正しいし、プレゼン能力も驚くほど高い。
結局、クォンツ職やIT職において理系の社員が面接をする場合を除くと、文系社員は必ずしも理系の学生の専門性、ハードスキルを適切に評価できるとは限らない。そうなると、マナーやコミュ力というソフトスキルが非常に重要になるのである。(そうなると、理系的な専門性は高いがソフトスキルに弱い理系を採り損なうという問題が生じるが…)
このため、年収重視の理系の学生は、専門分野がITに直結していなくても、相応の就活対策を採れば、商社、金融、コンサル、デべといった人気の文系企業に就職できる可能性はあると言える。
5. 今後の方向性を予想してみる
AI、DX等、どの企業も引き続きIT分野は強化せざるを得ないだろう。また、新規事業を創造するためには、従来には無いタイプの人材が必要だが、そういった人材は非常に少ないと思われる。
そうなると、理系人気は今後も継続し、人気の文系企業における理系シェアはまだまだ高まっていくと予想される。
しかし、単に理系だからといって、収益向上に貢献したり、新規事業を創造できるとは限らない。IT系の専門性を欠く場合には、10年後、20年後には窓際社員になっているかも知れない。
他方、IT系のスキルに長け、ソフトスキルも備えた理系人材に対する需要は将来ますます高まり、非常に高収入が期待できるだろう。
また、文系就職ではなく、自ら起業・独立によって成功を収める理系も今よりは増えるだろう。(東大工学部のケースについては、こちらの過去記事をご参照下さい。)
<東大工学部の年収と就職先>
https://career21.jp/2018-11-20-124311/
このように、将来は、稼げる理系と稼げない理系の格差が拡大する可能性がある。文系就職や起業・独立で良い生活をしている先輩達が増えると、年収重視の価値観を持つ理系の学生が増えるかも知れない。稼ぐセンスを持つ理系が増えるということは、産業界にとって悪くはないかも知れない。