1. 何故安定高給の証券マンがベンチャーCFOになりたいのか?
大手証券会社の40代で、そこそこの評価であれば、部長じゃなくても年収1500~1800万くらいはある。また、年収水準は外銀には全く適わないものの、国内系大手証券の場合、非常に安定している。
しかし、40代の大手証券会社の管理職がベンチャーCFOに憧れ、そのポジションを物色するという話は時々見られる。自分自身が証券ビジネスに熟知しているので、ベンチャー企業に転職しても、ストックオプションで億万長者になるのは容易ではないことぐらいはわかっている。また、自分の同僚や部下で若い人がベンチャーに挑戦したが、失敗して証券業界に戻ってきたケースも見てきている。それにも関わらず、何故、彼らはベンチャーCFO
になりたいと思うのだろうか?
その理由としては、まず、出世に関して先が見えてしまっているということがある。証券会社の場合、役員候補の選抜は比較的早く、40歳を過ぎると自分がエリートコースに乗っているか否かは判断できる。そして、自分が出世競争からは外れていれば、年収も頭打ちだし、50歳を過ぎて長い窓際生活を送りたくないという気持ちが生じる。特に、営業職に就いていて、自分に自信がある人ほど、この思いはある。
もう1つは、外資等で成功している同期の存在である。他人と比べない方がいいということは頭ではわかっていても、やはり外銀で羽振りの良い元同期を見ると、「俺も一発当てたい」という気持ちになる。
そして、これが結構重要なのだが、証券マンの場合、結構山っ気がある人が多いということである。例え成功確率、期待値は高くないとはわかっていても、可能性があればそれに賭けてみたくなるタイプの人はベンチャーで勝負をしたくなるのである。
2. ある40代大手証券マンの転職活動
40代の大手証券会社の管理職は、一回も転職経験の無い、いわゆる「転職童貞」である人が多い。しかし、証券会社の場合、周りに転職をする人は結構いるので、ある程度、転職のお作法は心得ている。
ある40代半ばの証券マンは法人営業部門に在籍しているが、いわゆるIBD一筋のエリートではなく、英語はできない。ただ、年収は1700-1800万とかなり高収入である。これは、コロナ前の話しであるが、彼はリクルートエージェントに登録し、同時に、金融転職に強いコトラやアンテロープにも登録した。Greenやアマテラスの様なベンチャー特化型のエージェントは使わなかった。
当時は、フィンテックブームということもあり、リクルートとか金融特化型エージェントからでもベンチャー案件の紹介はあった。ただ、エージェントを使うということはそれなりに大きいベンチャー企業なので、相対的に小さいベンチャー企業の案件については基本的に紹介されない。
彼は、「ベンチャーCFO志望」ということで、各エージェントに相談をして、案件の紹介を待つこととなった。
3. ベンチャーCFOポジション:書面審査の結果と面接
①書面が通らない…
40代の大手証券管理職の法人営業マンは、「証券ビジネスを熟知し、営業力もある自分は余裕だろう」と思っていたが、全くレジュメが通らず、書面落ちの連続である。
当時、メルカリ、freee、ウエルスナビ、お金のデザインといった最大手はそもそもCFOの空きポジションが無かったが、仮想通貨を含むフィンテック関係を中心に応募をしたのでが、書面が通過できないのである。
各エージェントに照会したところ、「年齢的に若い人が有利であった」、「外銀IBD系の候補者の方が有利であった」、「経理周りの経験が弱い」といった落選理由が伝えられたが、40代の大手証券法人営業マンは納得できなかった。
エージェント経由の案件はある程度大手に限られるということなので、彼は自力でWantedlyを使って応募することにした。
②ティアを落とすと、書面が通過し始める…
彼はWantedlyでフィンテック系企業を中心に、CFOを含む財務系のポジションに広く応募をしてみた。そうすると、仮想通貨関係を中心に、フィンテック系ベンチャー企業のポジション数社から面接に呼ばれることとなった。
もっとも、フィンテックといっても大型資金調達に成功した話題の企業や、メガベンチャー系の子会社等からは声がかからず、資金、規模、知名度等において劣後する案件に落とさないと、面接までたどり着けなかった。
③面接を受けてはみたが…
とりあえず、フィンテック系ベンチャー企業の財務系のポジションにおいて、面接に呼ばれた会社数社を訪問した。その面接を通じて、彼は以下の点を認識した。
- フィンテック系企業の場合、金融における専門知識が要求されるので、比較的年齢に対しては寛容である。他方、非フィンテックのAIベンチャーとかSaaS系ベンチャーは年齢だけで門前払いされている感じがした。
- ベンチャー企業でもCFO候補に対する要求は非常に厳しい。IPOやM&Aに関する知識・経験は当然として、経理・税務、更には内部監査・内部統制に関する基礎知識までも問われたことがあった。
- 仮想通貨系のベンチャーにおいては、ライセンスをこれから申請するというところがあり、本当に業務開始ができるのか不安になったところがあった。
- 大手金融機関への転職とは異なり、1回の面接でキーパーソン全員と面談が完了する。採用プロセスは非常に早い。
- 正式なオファーが出たわけではないが、自分なら「年収1千万+ストックオプション」かと思っていたが、現金での年俸は700-800万でストックオプション付、ひどいところはストックオプション無しで年俸600万というところもあった。想像以上に、ベンチャーの報酬は甘くない。
4. 一連のベンチャー面接を終えての結論
この40代の大手証券管理職(法人営業)が一連の面接を終えて直感したことは、「仮に入社しても、このベンチャーのビジネスが(IPO以前に)成功できるイメージが全くわかない」であった。あるいは、ある金融経験の無いベンチャー創業者の企業については、「これだと俺がゼロから起業した方がまだマシだ」であった。
その結果、ベンチャーCFOへの転身は見送ることとなった。
彼は、「自分はリスクを取っても良い」と思っていたが、「ハイリスク・ハイリターン」なら良いが「ハイリスク・ローリターン」じゃ、リスクを取るべきではないと感じたのである。
結果的に、コロナ前に取った彼の判断は正しかったのであるが、今後のキャリアの展望については、特に新しい選択肢は見つかっていない。50歳を過ぎても最後まで現在の証券会社で働き続ける他無い。
たとえ窓際であっても、最後まで高給で会社が面倒を見てくれるのであれば、問題無いと思われるかも知れないが、本人はまた一花咲かせたいと思っている40代後半以降の金融マンはいるだろう。ただ、残念ながら、年を取るほど機会は減っていくばかりである。どうしても挑戦したいのであれば、自ら起業・独立を考えるしかないだろう。