モルガン、GSの個人向けビジネス強化から、日本の証券会社の将来について考えてみる

1. モルガンのネット証券買収と、GSのクレジットカード事業への参入

モルガン・スタンレーがネット証券大手のEトレードの買収を発表した。
また、GS(ゴールドマン・サックス)は、アップルと組んでクレジットカード事業に参入をした。

モルガン、GSというウォールストリートでもトップのネームヴァリューを有する両社が、個人向け金融ビジネスに本気で取り組み始めたようだ。

2. 背景は、伝統的な投資銀行業務の将来性の厳しさ

モルガン、GSの両社は伝統的に、トレーディング業務と投資銀行業務(M&Aや引受関連業務)で強みを発揮し、高い収益性を誇っていた。

しかし、リーマンショック以降の規制によってトレーディング業務では以前のように稼げなくなった。また、IPO等に絡む引受業務やM&Aアドバイザリー業務においては、JPモルガンのような商業銀行系も業務を強化しており、競争激化によって手数料の引下げ圧力が強まっている。

このため、収益の安定化や、今後の収益源の確保のために、新たに個人金融ビジネスに参入する必要があるという事情が生じたのだ。

3. 「フィンテック事業に活路」というと聞こえはいいが…

モルガンにせよ、GSにせよ、ネット金融ビジネスを通じて個人取引を強化する方向性について、「フィンテック事業の強化」という言い回しをしている場合もある。

「フィンテック」「金融とITとの融合」というと聞こえはいいかも知れないが、言ってしまえば、単なるネット証券、ネット銀行である。

ネットでやるというのは実店舗や従業員が不要で低コストでビジネスが可能というのが特徴だが、それは収益性が薄いから低コストでやらないと利益が出ない薄利のビジネスでもある。

こういった、低コストで薄利のビジネスの比率が増えて行くと、投資銀行専業の様な高給は期待できなくなっていくのではなかろうか?

4. モルガン、GSの個人取引強化と、日本の証券会社への影響

①日本の証券会社はもともと個人取引が中心

日本の証券会社は、もともと個人取引と法人取引とを併営している形態であり、今でも個人取引が稼ぎ頭である。したがって、モルガンやGSの様に「個人取引を強化すべきか?」といった議論は生じない。

また、日本の証券会社は既に個人顧客とネットでの取引も行っているので、新規にネット証券を買収というような必要性もあまり無い。(もちろん、業務の重複は承知の上で、外からネット証券を買収するという戦略もあり得るが。)

従って、日本の証券会社の場合は、何を足すかというよりも、実店舗とそれに係る従業員を抱えているので、そこをどうやって効率化するという引き算の問題が残る。

②実店舗を減らせば良いということにはならない理由

日本の証券会社は、実店舗を抱えているから、今後の技術進歩でネットでの取引が今以上に便利になるから、実店舗を減らせばいいのではという考えがあるかも知れない。

しかし、そうとは言えない。何故なら、日本の証券会社は銀行と比べるとそれ程多いとは言えない。地方の場合は、1県1店舗のところが多く、その場合には地銀や信金、地元の大手企業との取引が期待できるため、収益性・効率性は悪くないのだ。

収益性・効率性の点で課題があるのは、首都圏・関西圏での個人取引メインの店舗が地理的に近接しているようなケースである。

例えば、新宿と中野、藤沢と鎌倉、渋谷と中目黒、大森と蒲田、神戸と岡本、高槻と茨木、梅田と塚口といったようなケースである。

野村證券の場合、都市部の店舗の重複については、既に統廃合を実施しているので、今後の合理化の余地は限定されているのではないかと思われる。

③ネット証券ビジネスには強化の余地あり

野村證券にしても、大和証券にしても既にネット取引のインフラは整っている。
しかし、この分野については今後まだまだ強化の余地があるだろう。

例えば、プロダクトについては投資信託はほとんどの場合が営業社員を通じた対面取引である。株式取引については、ネット証券にやられてしまったが、投資信託についてはネット証券の存在感は極めて低い。しかし、将来はどうなるかわからないので、ネット証券に取られないよう、ここは強化する必要がある。

また、顧客の高齢化に伴う対応も今後は重要な課題となる。
適合性の原則の観点から、高齢者、例えば80歳以上とか75歳以上の顧客との取引においては支店長の承認が要求されるといった制約がある。

しかし、そもそも個人の金融資産の2/3以上は60歳以上が保有している状況においては、高齢者取引を軽視するわけには行かない。テクノロジーの進化を活用し、いかにネットを絡めて高齢者との取引で収益を上げられるかは今後の大きな課題である。

他方、若い人達との取引の促進も重要な課題である。若い人達は少子化のため、人数が少ないし、保有している金融資産額とか投資可能な資金量は少ない。このため、目先の収益獲得には期待できないセグメントであるため、軽視されがちである。しかし、ネット取引に関するリテラシーは高い筈なので、長期的な視点から、このセグメントをネット取引でどう開拓するかというのは戦略的に重要なテーマである。

④日本流の富裕層ビジネスをどう開拓するか?

1998年の金融ビッグバンを契機に、大手の海外のプライベート・バンクの巨人が何度も日本への参入を試みたが、どこも上手く行かなかった。唯一の成功事例かと思われたシティプライベートバンキングも最後には失敗してしまった。

日本の富裕層の規模感は、欧米とかアジアの超富裕層と同水準では無いので、欧米流の富裕層ビジネスは通じないように思われる。

結局、日本流の富裕層ビジネスのモデルを構築する必要があるのだが、少しずつこのマーケットは大きくなってきているようなので、この分野を強化することは考えても良いだろう。

野村證券とか大和証券が、欧州の小振りなプライベート・バンクでも買収すれば面白いのだが、どうだろうか?

⑤傘下の運用会社の強化

野村證券も大和証券も傘下に運用会社を抱え、既に大きな収益源となっている。
もっとも、運用可能なプロダクトは主として日本物(日本株、日本の公社債)であって、海外物については他社に再委託しているのが現状で、運用力の強化が課題となっている。

野村證券は、既に海外の運用会社の買収などを行っているが、今後も海外の運用会社の買収を含め、強化していくことが求められるであろう。

最後に

今では、国内系証券会社においては、金融プロフェッショナルとしてのスキルの習得が可能なIBDやグローバル・マーケッツ部門が圧倒的に人気である。

しかし、既にグローバルにおいて投資銀行ビジネスの収益性は厳しくなっており、10年後、20年後はどうなるかはわからない。

そこで、運用ビジネスとか富裕層向けビジネス等も、キャリアにおける選択肢に加えてみてはどうだろうか?

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