序. 高収入にも関わらず、商社の若手社員の退職率が何故高いのか?
商社と言うと、外銀・外コンと並んで、就活生の間で最人気・最難関の業種ではないだろうか?給与水準は国内系企業の中では最高水準だし、ネームヴァリューも高い。海外勤務の機会にも恵まれ、そして、基本的に終身雇用で安定性は非常に高い。
それにも関わらず、商社の若手の退職率は高いようで、入社10年後には2割以上が退職するようになったらしい。
何故、高収入にも関わらず、商社の若手社員は退職してしまうのだろうか?
1. 報酬には、金銭的報酬と非金銭的報酬の2種類がある
商社の若手社員が辞める理由はいろいろあるかも知れないが、報酬制度からもある程度説明できるかも知れない。
人的資源管理(HRM)の観点から、報酬には金銭的報酬と非金銭的報酬の2種類の報酬があるとされる。
金銭的報酬とは、月々の給与、ボーナス、ストックオプションという経済的な報酬である。住宅補助とか無料での食事などもこれに含まれる。
商社の場合、入社3年目で1000万円近くになり、入社5年目で1000万円に到達する。
そして、30歳では千数百万、入社10年目には1500~1600万円にはなるだろう。
従って、報酬のうち、金銭的報酬については問題は無いのだろう。
2. しかし、acknowledgement(非金銭的報酬)は十分か?
Acknowledgementとは「非金銭的報酬」のことである。
非金銭的報酬の具体的なものとしては、以下の様なものがある。
・役職、タイトル
・業務における裁量、権限移譲
・業務遂行における予算の拡大
・成長のための研修・教育制度
・インフォーマルな社内表彰制度
・休暇の付与、ワークライフバランス
・異動における希望の通りやすさ
商社の場合、この非金銭的報酬については、若手は不満を持っている場合もあるのだろう。
特に、商社は典型的な年功序列型の企業であると考えられ、若いうちは、業務における裁量の幅が小さかったり、業務内容も雑務的なものが多く、成長するためには十分な環境ではないと考える者もいるようだ。
また、雰囲気的にも、サイバーエージェントとかベンチャー企業の一部が重点を置いている、社内表彰制度的なものには余り熱心ではないため、若手からすると職場の盛り上がりに欠けると捉えるのかも知れない。
3. 今後、商社はTotal Rewardを意識するべき?
金銭的報酬と非金銭的報酬とを合わせて、Total Rewardと呼ぶ。
どちらか片方だけが充実していても、もう片方が不十分だと、Total Rewardは従業員からは低く見られてしまう。
商社の場合は、金銭的報酬については十分に充実していると思われる一方、上述の通り、非金銭的報酬については課題は残されているのではないだろうか?
他方、最近はトップ就活生からの注目度も高い、ベンチャー企業については、非金銭的報酬の充実度については十分アピールできているのだろうが、金銭的報酬については、まだまだ工夫の余地があるだろう。
このように、本当に優秀な人材を確保し、入社後も維持していくためには、金銭的報酬と非金銭的報酬の両方を向上させることを意識するべきなのであろう。
この点、両者のバランスが良い企業としては、Googleが挙げられるのではないか?
Googleは本国のアメリカでもトップの学生から非常に人気があるようだが、金銭的報酬についてだけ見ると、一部のエンジニアを除けば、外銀や大手法律事務所(Law Firm)には及ばないはずだ。
しかし、自由で働きやすい職場環境、成長を感じられるビジネス機会、オフィス環境の良さ等の非金銭的報酬については、外銀や大手法律事務所よりも充実しているようだ。
このため、Googleの金銭的報酬、非金銭的報酬はいずれも優れており、両者を合わせたTotal Rewardという観点からは、全米でもトップクラスに位置するのであろう。
従って、商社の場合、非金銭的報酬面をもう少し改善すると、若手社員の退職率は減少するのではないだろうか?もっとも、社風、カルチャーというのは簡単に変えられるものではないが、異動における希望を通りやすくするとか、サイバーエージェントの様な社内表彰制度を一部でも取り入れるとか、若干でも若手の裁量権を拡げてあげるとか、何らかの打ち手は取るべきであろう。
4. 従業員側もTotal Rewardを意識したキャリア形成を行うべき
これからは、トップレベルの人材を確保するためには、企業はTotal Rewardを向上させていくべきだと考えられる一方、従業員側もこれを十分に考えた上でキャリア形成を行うべきである。
例えば、商社の若手の場合、非金銭的報酬に不満があってベンチャー企業への転職を考えるのは良いが、その際には、金銭的報酬についても十分考慮する必要がある。
商社からベンチャー企業に転職すると、確かに、裁量の広さ、業務範囲の拡大、役職・タイトルのアップについては満足できるかも知れないが、給与水準は大幅に下がるので、時間が経てば、今度は金銭的報酬に不満を持つようになるかも知れない。
また、非金銭的報酬は、金銭的報酬と比べると、多分に主観的な要素を含んでいるため、良かれと思って転職しても、思っていたような非金銭的報酬ではなかったと後悔することもあり得る話である。
従って、非金銭的報酬に不満があったとしても、それは将来改善されるのではないか、又、金銭的報酬が大幅減になったとしても本当に我慢できるのかについて慎重に考える必要がある。
一旦、金銭的報酬を失うと、3年後、5年後にそれを取り戻すことは容易ではない。
他方、非金銭的報酬については、3年後、5年後であっても、それを求めるための転職は難しくない場合も多い。
日本人の場合、横並び意識が強い傾向にあるので、周りの若手が辞めると、自分もそれに流されてしまわないよう留意した方が良いだろう。