1. ベンチャー企業も就活・転職の選択肢となり得る背景
①終身雇用の崩壊と大企業に対する期待の低下?
従来だと、就活・転職の対象としては、大手企業や外資系企業がメインであり、ベンチャー企業に好んでいく人達はほとんどいなかったのではないだろうか。
知名度、待遇、将来性、教育研修システムと何を取っても、大企業や外資系企業の方がベンチャー企業に行くよりも魅力的だったからだ。
しかし、令和元年になっての大企業の終身雇用の崩壊の兆しや、相次ぐ大企業の45歳以上を対象とした大規模な早期退職の実施によって、大企業に対する不安は従来よりも高まってきていると考えられる。
また、IT技術の革新やスマホの普及によって、急速に成長するネット系ベンチャー企業が目立ったり、IPO以外にもM&AでEXITする起業家が増えて来たため、ベンチャー企業の魅力というものが従来よりは高まっているということも指摘できるだろう。
②新しい働き方として、フリーランス、起業・独立、副業・兼業にスポットライトが
働き方改革との絡みもあるのかも知れないが、フリーランス、独立、副業といったものがメディア等を通じてポジティブに報道されている面があるかと思われる。
フリーランスで月収が数百万円とか、Webサイトや企業売却で数億円のEXITに成功したとか、YouTubeで月収数百万円というケースが取り上げられると、ハロー効果によって、実際以上にそのあたりの世界が素晴らしいかという風に勘違いしがちとなる。
確かに、成功した場合にはそういった金額を実現することができるのかも知れないが、成功できる確率が如何に低いかということは十分に伝わらないのかも知れない。
いずれにせよ、以上の様な、事情・背景があって、ベンチャー企業に就職・転職することも悪くないと捉えられるようになってきたのではないだろうか?
2. 生涯賃金という、長期的な視点を持って、ベンチャー企業への転職を考えるべきである。
従来と比較すると、ベンチャー企業への就職・転職はポジティブに捉えられるようになってきたと思われるが、まだまだ慎重に考えた方が良いとと思われる。
「成長」「やりがい」「スピード」「実力主義」「ストック・オプション」「カッコ良さ」等、ベンチャー企業に行くことによって得られるメリットは確かにあるかも知れない。
しかし、大企業にするかベンチャー企業にするかの選択にあたっては、生涯賃金とか、長期的な視点から考えてみて欲しい。
①そもそもスタートが安いし、昇給が不透明
初任給の場合には大手もベンチャーも大した差は無いかも知れないが、中途採用の場合だと、それなりに違いがあるはずだ。
何と言ってもベンチャーの場合、スタート時点、即ち転職時の給料が安い。
WantedlyとかGreenあたりのベンチャー転職メディアを見てみると、年収500~1000万円というレンジが多い。もちろん、上限の1000万円が支払われるケースは非常に少ないはずだ。多くの場合は、せいぜい500~600万円位なのだろうが、大手の場合だと30歳位で700万円位のところは珍しくないので、スタート時点の給料がそもそも安い。
問題はそこから先であり、大企業の場合は批判の強い年功序列型であるが、着実に年収は上がっていく。他方、ベンチャー企業の場合には、年功によって自動的に昇給していくという仕組みは無い。出発点の給料が安い上に、自動的に昇給しないので、年数が経つほど大手との差は開いていくばかりだ。
20代であれば、大企業もそれほど高給ではないが、30代になるとほぼ確実に昇給する。従って、転職時点だけで比較するのではなく、30代、40代の大企業の給与水準に追い付くことができるのか、そのためには、どの程度の成果を出す必要があるのかを冷静に考えた方が良い。
注意しなければならないのは、ベンチャー企業は実力主義というのは固定観念であって、給与体系とその運用が成果報酬になっているのかどうかはわからない。どうせベンチャーに行くなら、青天井の成果報酬が望まれるところであるが、そこは要確認である。
②ストック・オプションはもらえるのか?
大企業からわざわざベンチャー企業に転職するのであれば、ストック・オプションはもらって欲しい。やりがいとか幅広い裁量、業務範囲を求めるからこそベンチャー企業に行くのであって、ストック・オプションももらえない待遇であればわざわざ大手から行く必要は無いからだ。
ストック・オプションの割り当てについては、ある程度の相場というものがある。
ストック・オプションとして用いる株式の割合は全株数のうちの10%程度とされている。そして、その10%を更に、創業メンバーに3%、途中参加の幹部社員に3%、残りを一般社員等に4%を充てるというのが1つの目安である。幹部社員が5人だとすると、1人あたり0.6%、10人だったとすると0.3%が付与されることとなる。
そうすると、仮に上場時の時価総額が200~300億円だったとすると、ストック・オプションによって得られる金額は幹部社員の場合は1人あたり、6000万円から1億8000万円という皮算用となる。幹部社員でなければ、これほどもらえないが、それでも数百万円から数千万円位になる可能性はある。
これこそがベンチャー企業に行く経済的な醍醐味だ。もっとも注意しなければならない点は、上場しないでEXITした時や途中で退職した場合の取り扱いだ。このあたりは入社前のオファー時点において十分チェックする必要がある。
ストック・オプションを一切もらえないということは、そこまでしても採用したくない、或いは、経営幹部がケチなだけであるので、そういったベンチャーに無理していく必要は無い。
③退職金と企業年金
ベンチャー企業と大企業との待遇面での大きな違いは、退職金と企業年金制度の充実度だ。これらは、非課税ということと、途中で浪費しようがないという点で大きい。
例えば、確定拠出年金の場合、最大で年間60万円強の支給となり、10年間で運用益をゼロだとしても約600万円となる(但し、引き出しができるのは60歳になってから)。
また、退職金は会社によって異なるが、30代でも数百万円にはなるだろう。
ベンチャー企業だと給与水準が低い上に、税引後に貯蓄をしないといけないわけである。給料の外で、しかも非課税で積み立ててもらえる退職金と年金は有難い制度であるので、転職にあたってはこの点も意識した方が良い。
④転職時におけるネームヴァリューについて
当初はベンチャー企業であっても、メルカリとかZOZOのように大手になれば話は別だが、確率論的に失敗に終わるベンチャー企業の方が圧倒的に多い。
そうなった場合、転職する際には、ネームヴァリューの無いベンチャー企業の名前と年収が、採用側の企業にとっての判断材料になる訳である。
その場合、ネームヴァリューの無いベンチャーよりも大企業の方がよく見えるのが通常だし、ベンチャーでの失敗経験というのは誰も褒めてくれない場合が多い。
「大企業を捨ててまでよく挑戦しました。」「結果は失敗でも、わが社はその挑戦心を評価したいです。」といった優しい言葉を掛けてくれる企業は無い。
2000年、或いは、2005年前後のネットバブルの際、大手金融機関からベンチャー企業に挑戦した者がそれなりにいたが、その大半は金融機関と同じかそれ以下で金融業界に戻ってくることとなった。金融機関では、ベンチャー企業での失敗は「レジュメが汚れた」としか評価しないので、この点は要注意である。
3. ベンチャー企業に行けば、本当に市場価値は高まるのか?
①市場価値とは?
いやいや、上記2のような考え方はネガティブに過ぎる。自分は市場価値を高めるためにベンチャー企業に行くからいいのだという考えもあろう。
そもそも、市場価値とは何であろうか?
これには転職する場合における市場価値と、フリーランス、独立を狙う場合の市場価値とが考えられるので、以下、場合分けして検討する。
②転職市場における市場価値
転職市場における市場価値、要するに年収・ポジションは、現在の職種・役職・経験年数等によって決まる。もちろん、似たような職務内容・職務経験であれば勤め先の会社名というものも影響する。給与水準については、現職における給与水準に基づき、業界における給与水準や経済環境等を加味して決定される。
従って、同じような職種・ポジションであっても、会社名とか現職の年俸が基準となるので、ネームヴァリューや給与水準で劣るベンチャー企業に行っては、市場価値は上がらない。
もっとも、ベンチャー企業に行くことによって、より上のポジション(部長、執行役員等)を実現できたり、青天井の完全成功報酬制度によって、大手企業よりも高額の年収を実現することができれば、話は別だ。現職の給与水準とポジションが転職時の年収や役職の基準となるからだ。
従って、ベンチャー企業によって転職市場における市場価値を上げようとするのであれば、昇格して上のポジションを勝ち取ったり、成功報酬によって大企業以上の年収を稼ぐ出す必要がある。
③起業・独立を目指す場合の市場価値
フリーランスとか自ら起業をする意思が明確で、そのためにベンチャー企業で修業をしてみようという思惑の人がいる。結論的には、この狙いの場合が、もっともベンチャー企業に行く意味があると言えるだろう。
確かに、ベンチャー企業に行くと、大企業と比較して、否が応でも幅広い業務を担当しなければならないし、自分が責任者の立場で意思決定をすることが求められる。
営業活動も自分で決めるつもりで外交しなければならないし、クレームも自分の段階で何とか食い止めることが求められるだろう。
そして、より経営者に近い立場で働くことができるので、将来フリーランスとして独立したり、起業を考える上では良いトレーニングになるだろう。
もっとも、単なる便利屋として使いまわしをされるだけに終わったり、周りに大企業の様な高度な専門性を有する仲間がいるとは限らないので、大した専門性・スキルを習得できないケースもある。
従って、ベンチャー企業だと何でも良いということには決してならないはずなので、起業・独立目的でベンチャー企業に行く場合でも、十分吟味する必要がある。
4. とりあえず、40代になった時の自分を想像してみるのが良い
ベンチャー企業に憧れるのは、20代の若手に多いかも知れない。まだまだ夢があるし、ベンチャー企業で頑張る姿はカッコ良く見えるのかも知れない。
しかし、考えて欲しいのは、40代になった時の自分の姿だ。
20代で年収500万円でも問題無いが、40代で年収500万円のオジサンだと誰も見向きもしてくれない。
反対に、40代で年収500万円で憧れの対象となるビジネスマンはいるだろうか?
一旦大企業を離れてベンチャーに行ってしまうと大企業に戻ることは難しくなる。
大企業だと自分の同期は皆、40代で課長で年収1200万円位になっているのに対して、自分はベンチャー企業を転々として40代で年収500万円のままである姿を想像できるだろうか?
このあたりのリスクを踏まえて、自信が持てないのであれば思いとどまった方がいい。
ベンチャー企業に向いているのは、周りが何を言おうと、40代では自分は成功してホリエモンにようになっていると信じることができるタイプなのである。
最後に
まだまだ少数派ではあるが、ハイスぺ就活生とか、若手のエリートサラリーマンの間でもベンチャー企業に関心を持つようになった者もいる。
しかし、日本においてはまだまだベンチャー企業で魅力的な会社は少ないし、確率的には大半が失敗に終わるのである。
わざわざ大企業を捨ててベンチャーに行くというのであれば、それなりの勝算が持てるような準備と覚悟を持って対応することが望まれる。