序. 問題の所在
最近感じることは、外銀志望者に対して、併願先(「滑り止め」というと失礼なので…)としてお勧めできる業界・企業が思い浮かばないことだ。
もちろん、外銀志望者は国内系証券会社のIBDコースも併願するが、そちらも外銀志望者の大半が併願するので内定入手が極めて困難になっている。
<国内系証券会社IBDの難化>
https://career21.jp/2019-10-22-093310
それだけでは、全落ちリスクがあるので、併願先として総合商社を勧めている。高学歴、体育会&留学有で、外銀志望の就活生は、「えー、商社じゃスキルが全然付きませんよ。」といった反応をすることが多い。
しかし、第二新卒での再チャレンジの可能性、商社のネームヴァリュー、有名MBA取得によるキャリアップ、海外勤務等、途中で転職することを考えればファーストキャリアとしての商社は悪くない旨説明すると、納得してもらえることが多い。
(もっとも、商社の転職力は若ければ若いほどいいのだが…)
私としては、外銀志望のハイスぺ就活生に対しては、三菱商事、三井物産、住友商事の順でお勧めしていた。
<ハイスぺ就活生と総合証券の序列>
https://career21.jp/2019-03-24-074220
ところが、最近、就活生から、「今はハイスぺ学生の間でも、住友商事よりも伊藤忠が人気ですよ。」という指摘を受けた。
そこで、住友商事と伊藤忠と、どちらがいいかについて改めて考えてみることとした。
1. 株価時価総額とか経常利益では、伊藤忠が住友商事に圧勝しているが…
ハイスぺ就活生で、ましてや外銀志望となると、企業分析なんてお手の物なので、両社を比較して、株価時価総額、売上高、利益、純資産といった財務数値的な項目においては、伊藤忠が明らかに住友商事を上回っていることは知っている。
住友商事 | 伊藤忠 | |
株価時価総額 |
1.59兆円 |
3.70兆円 |
売上高 | 5.34兆円 | 11.6兆円 |
経常利益 | 4,040億円 | 6,953億円 |
総資産 | 7.9兆円 | 10.0兆円 |
純資産 | 2.7兆円 | 2.93兆円 |
有利子負債 | 3.09兆円 | 2.9兆円 |
(出所:財務数値については住友商事、伊藤忠の各社HP。株価時価総額については、2020.6.23のヤフーフィナンスより)
確かに、数値を取り出して比較すると伊藤忠に分があるように見える。しかも、一過性のものではなく、10年以上はこの状態は変わらないはずである。
それなのに、伊藤忠よりも住友商事の方が良いのだろうか?
2. 最近勢いがあって、面白そうなのは、伊藤忠では?
もちろん、ハイスぺ就活生は、中期経営計画も十分に読み込んでいる。
住友商事と伊藤忠の重点経営分野とかビジネスモデルの違いも理解している。
そうすると、最近勢いがあって面白そうなのは伊藤忠ではないだろうか?
今後も成長が明らかな中国やタイについて、CITIC、CPという巨人とどっぷりとビジネスを行う。中国、ASEANという成長地域にフォーカスするという独自の戦略を採っている。
また、卸売、B to Bがメインの総合商社の中で、B to C、生活・消費分野に強い伊藤忠は異色の存在だ。分厚い利ザヤを取れる可能性があるのは、企業ではなく個人からだという考えの下、消費ビジネスの拠点として傘下のファミリーマートに注力する。非常に面白そうではないだろうか?
こういったことを考えると、ますます、どちらかを選ぶのならば、伊藤忠ではないかと考える就活生がいても不思議ではない。
3. 何故、それでも住友商事推しなのか?
①給料は若干、住友商事に軍配?
やりがいとか、面白そうというのは主観的で趣味の問題でもあるので、キャリアを考えるにあたってモノを言うのは年収である。この点、20世紀から住友商事は給料が良いと知られてきた。
例えば、40過ぎだと、住友商事の場合には、年収1800~2000万円くらいが期待できる。
これに対して、伊藤忠の場合だと、年収1600~1800万円くらいだろうか?正確に調べることはできないが、全体的に、若干ではあるが、待遇面では住友商事が上では無いだろうか?
その理由として、20世紀の終わりの金融危機の頃に、伊藤忠も株価が200円を切って、純資産が3000億円位に縮小するなど厳しい時代を経験した。このため、年俸・待遇面において、そこまでの経営危機に至らなかった住友商事と若干差が付いたという可能性もある。
また、飛行機のビジネスクラスが乗れるエリアも、財閥系の方が非財閥系よりも広いという話がある。細かい話かも知れないけど、海外出張、ビジネスで行くのかエコノミーで行くのか、全然気分が違って来るのである。
②ブランド
これは主観的な問題なのかも知れないが、やはり、財閥系と非財閥系という違いはあるようだ。確かに、ここ10年間は業績的にも、勢いとしても、伊藤忠が住友商事よりも上かも知れない。
しかし、50年とかの長いスパンで見ると、上述したように、途中伊藤忠は厳しい時期があったり、常に、数値的に住友商事よりも上の立場にあったわけではない。
伝統的に、総合商社というと、三菱商事と三井物産のイメージが強く、財閥系という切り口から住友商事も連れ高している可能性はあるかも知れないが。
例えば、トップ校からの新卒採用者数で比較すると以下の通り。トップ国立、私立についてみると、どこも住友商事への就職者が多い。もっとも、総合職と一般職を合わせた採用者数は、伊藤忠が138人で住友商事が162人なので、母集団自体は住友商事の方が大きいが。
住友商事 | 伊藤忠 | |
東大 | 21 | 12 |
京大 | 10 | 8 |
慶應 | 39 | 25 |
早稲田 | 31 | 20 |
(出所:AERA2019.8.5号より抜粋)
いずれにしても、財閥系という住友商事の強みがあることは、否定し難いものがある。
③バランスの良さ
これは、特徴が無いとか、フォーカスが無いといった問題点にもなり得るのだが、住友商事を推すビジネス的な理由としてはこれになる。
住友商事の場合は、資源と非資源をまんべんなくやっている。非資源型の伊藤忠とか丸紅とは異なる。そして、ICT、テクノロジー系も昔からそれなりにやっていて、古くは住商エレクトロニクスとかジュピターテレコムとか新しいものでも稼げているし、消費についてもサミットストアあたりを昔から上手く運営してきている。
住友商事は、特定の業種に偏らず、満遍なく、どの分野でも稼ぐ力を有しているのである。伊藤忠のような、中国・タイフォーカス、消費、ネットテクノロジーという派手さや刺激は無いが、住友商事はバランスが取れているのが魅力である。
4. 将来のキャリアの拡がりについてはどうか?
将来のキャリアの展開力については、伊藤忠と住友商事、どちらが明確に上とかは無いだろう。入社後、外銀にリベンジするにはどちらが有利ということは特に無く、商社での業務が外銀で評価してもらえるわけではないので、どうしても外銀に行きたければMBAでも取りに行く他は無い。
或いは、25歳までの第二新卒市場だと、総合商社のバリューは最高レベルなので、国内系証券会社のIBDに転職して、それから、外銀に再挑戦するという可能性はある。
いずれにしろ、住友商事だから、将来外銀に転職しやすいということが言えるわけではない。
最後に(2020.6.23追記)
①伊藤忠の株価時価総額は、三菱商事を抜いて、総合商社ナンバー1に
株価時価総額については、伊藤忠の方が住友商事より上どころか、三菱商事よりも上になってしまっている(2020.6.23時点で伊藤忠の株価時価総額は、3.70兆円に対し、三菱商事の株価時価総額は3.45兆円)。要するに、伊藤忠は株価時価総額において総合商社ナンバー1になったのだ。
②それでも、伊藤忠よりも、住友商事推しか?
それでも、住友商事と伊藤忠の両社なら、住友商事を勧めるのか?答えはイエスである。何故なら、短期的な業績や株価推移と、個人の評価・市場価値とが連動するわけではないからである。資源価格が下落した時に、非資源型の伊藤忠がトップに立ったということで、将来はわからない。
伊藤忠の個々の社員が優秀だから、時価総額トップになったという評価にはならないはずだ。待遇も大きく変わるわけではない。従って、本命が外銀とか外コンであった場合で、転職を目論んでいる場合には、「財閥系」というブランドで選択するのは誤りとは思わない。
20世紀の話になって恐縮だが、一時的に、三和銀行が利益トップの地位に立ったことがある。だからといって、すぐさま当時の東京三菱銀行や三井住友銀行を蹴って、三和銀行に就職すべきという結論にならないのと似ている気がする。いずれにせよ、株価と個々の社員の評価がきっちり連動するわけではないのだ。
③純粋に商社志望で、終身雇用を想定している場合には、好きな方を選択すればいいのではないか?
以上の様な理由から、住友商事と伊藤忠であれば、住友商事を推したいというだけであって、特に伊藤忠に魅力を感じるのであれば、伊藤忠を選択しても全然問題はない。
今回のケースは、「外銀と国内系IBDに落ちて、(仕方なく)総合商社に…」というシチュエーションなので、総合商社に対する思い入れが特に無いのが前提となっている。そうした場合には、住友商事を勧めるのが無難ということである。
総合商社が第一志望の場合であれば、いろいろなこだわりがあるのだろうから、好きなところを選んで問題はないのである。
④コロナウイルスの問題発生により、22卒以降は、こんな贅沢な悩みを言えなくなるかも知れないが…
なお、2020年初頭にコロナウイルスの問題が発生し、景気や雇用情勢に深刻な影響を与えている。このため、22卒以降の新卒採用はかなり厳しくなるのではないかという予測もある。そうなると、国内系最難関の五大商社である両社は、とても外銀の併願先と言える余裕は無く、どちらか1社でも内定を取れれば万々歳という雰囲気になるのかも知れない。従って、外銀とか金融専門職志望者が商社を併願する場合には、商社第一志望の学生と同レベルの周到な準備が必要になると思われる。