【書評】「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」は現実的か?

1. 三戸政和著「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」が話題に

本書は2018年4月19日に初版が発行され、同年12月には第18刷まで到達し、経済系のメディアで話題になっている。
https://www.amazon.co.jp/サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい-人生100年時代の個人M-A入門-講談社-α新書/dp/4062915189

講談社+α新書で定価840円(税別)の200頁程の書籍であり、文体もわかりやすく、すぐに読めてしまう。

序章の資本家になることの勧めとか、「起業」と「飲食店経営」だけは絶対に止めておけというところだけでも十分元が取れると思われる、良著である。

2. 資本家の勧め。なぜ、サラリーマンが会社を買う必要があるのか?

本書は、サラリーマンに中小企業を買収することを勧めている本なのだが、その理由について冒頭でわかりやすく説明してくれている。

この手の話は、「金持ち父さん」とか与沢翼氏あたりが既に取り上げていて、一部の人達からすると目新しくないネタなのだが、初めての人にとってはその理屈をコンパクトにまとめてくれているので、便利である。

①大金持ちになるためには?

本書では、冒頭で、フォーブスジャパンが発表している日本人の長者番付を紹介している。そこには、孫さん、柳井さん、佐治さん(サントリー)、滝崎さん(キーエンス)、三木谷さんというお馴染みの誰でも知っている会社のオーナー社長が並んでいる。

読者はサラリーマンを想定しているのに、いきなりそんなオーナー社長の成功者を並べたところで自分には関係が無いと思う人が多いだろう。

ところが、著者が言いたいのはそこではなく、日本の大企業(株価時価総額ランキング)を次に並べてみて、お金持ちになれるかどうかは、その経営する会社の規模ではなく、オーナーであることがポイントと説く。

そして、更に、野村総合研究所のデータである、金融資産1億円以上の世帯数と金融資産5億円以上の世帯数を並べてみて、金融資産1億円程度はサラリーマンでも可能だが(50世帯に1世帯位なので)、金融資産5億円となると、オーナー社長にならないと無理であることを強調する。

要するに、お金持ちになるには、大きな会社の社長や役員になることではなく、とにかく「オーナー」社長にならなければダメなのだということをこれでもかと強調しているのである。

②金持ちになるには「労働」を売るのではなく、「仕組み」を作ることが必要である

次に著者は、「オーナー」社長が何故金持ちになれるのかということについて、その理論的な根拠を説明する。

腕利きのシェフを例に挙げ、いくら最高の腕前を持っているシェフでも、雇われの場合であれば時給に基づく賃金体系となる。そして、どんな人でも1日24時間しかないので、時間の切り売りの「労働」を売るのでは自ずと上限が出来てしまうのである。

ところが、オーナー側になると、複数の店舗を所有し、それぞれに腕利きのシェフを雇用すれば、収入はそれに応じて、2倍、3倍と増やしていくことができる。
経営者になると、人を雇うことによって労働時間を拡げることができるようになるので、
1日24時間の制約を超えて稼ぐことができるようになるという。

また、レストランが繁盛すると、そのレストラン自体の経営権を他に売却することによって、キャピタルゲインという利益を得ることができるという。
そして、そのキャピタルゲインを元手に、更に事業を拡大し、ますますお金を増やしていくことができる。

このような、有限の「労働」だけに依拠しない、儲ける「仕組み」を作っていくことが出来る点が、「オーナー」である企業経営者のお金持ちになれる秘訣であるということなのだ。

だからこそ、サラリーマンは「労働」を切り売りする労働者の立場を抜け出して、「仕組み」で様々な形で儲けることができる「オーナー」経営者を目指しましょうという流れなのである。

3. サラリーマンは本当に300万円で中小企業を買うべきなのか?

①300万円(少額)で中小企業のオーナーになること自体は可能

本書においては、労働者と資本家の儲ける仕組みの違いについて説明し、サラリーマンも資本家の立場に行こうということを勧める。
その根拠としては、人生100年時代を迎え、退職金と年金だけでは余裕のある生活をするには不十分だし、やりがいを求めて高齢まで働けるためには、40~50代の段階でサラリーマンから中小企業経営者に転じておくのが良いとしている。

また、供給側の事情も昔とは大いに変わってきている。
少子高齢化の影響で、とにかく、家族経営の中小企業の後継者難が激しく、多くの優良な中小企業が売りに出されている。

従来は、中小企業の売り情報というのは、ほとんど金融機関等を介して、相対でしかでまわらなかったものが、今は中小企業を扱うM&Aサイトや仲介業者(日本M&Aセンターとかストライク)も増えてきており、一般のサラリーマンが中小企業を買い取ってオーナーになることが可能な時代となっている。

買値が300万円とは限らないが、400万円、500万円と、いずれにしてもサラリーマンでも買うことができる中小企業があるということは確かでありそうだ。

②買うのは良いが、実際に本当にサラリーマンが中小企業の経営ができるのか?

お金持ちになるには、労働ではなく、仕組みで儲ける経営者になるしかない。
そして、今は少子高齢化に伴う後継者難が激しく、また、中小企業のM&A情報も充実している。

人生100年時代ということを考え、長期間稼げるようになるには、定年の無い中小企業経営者になるのがお勧めである。

そして、大企業で管理職として十分な研鑽を積んできたサラリーマンは、十分に中小企業経営を上手くやっていける能力がある、というのが本書の流れである。

しかし、本当にそう言えるのだろうか?
この点は大いに疑問である。

何と言っても、単なる管理職と、小さくても社長とでは、仕事のやり方が違う。
それに、大企業の場合は周りも総じて優秀だし、採用についても人事に頼めば、採ってきてくれる。

しかし、中小企業の場合にはそうは行くとは限らない。
自分をサポートしてくれる従業員が優秀かどうか以前に、離職率が高いし、大企業のように外から簡単に引っ張ってくるわけには行かない。

また、社長といっても、各部長を兼職している面があるので、総務、経理、人事、企画、営業まで全て自分がやらなければならない。
サラリーマン時代とは比べ物にならない程広い守備範囲である。

さらに、設備も古いので、買い替えたいところだがそんなお金があるとは限らない。
AIがどうのと言っている時代だが、まだまだ紙と鉛筆(ファックス)に依存しているのが中小企業の実情であり、そういった環境は大企業とは全く異なるはずである。

加えて、ハード面だけではなく、ソフト面も遅れている。
経理、購買、オペレーション、労務管理の仕組みも、大企業と同様であるとは考えない方が良い。

当該中小企業が自分と同じ業界であったとしても、大企業に長年いると、そんなに幅広い業務領域をカバーすることはない。そして、わからないことがあっても、中小企業だと誰も教えてはくれない。

そのように考えてみると、大企業の管理職をやっていたサラリーマンが、簡単に中小企業を経営できるオーナー社長を上手くやれるとは思えない。
それができるほど優秀であるのなら、転職して、雇われの経営者になった方が堅く稼げるかも知れない。

ということを考えてみると、いきなりサラリーマンに中小企業を買わせてその経営者になろうというのはあまりにもリスクが高く、その間に攻めてワンクッション挟みたいところである。

本書では、一旦、買う候補となっている企業に役員として雇ってもらって、様子を見るのも手だと書いているが、その方が現実的であろう。

また、既に40~50代のサラリーマンが突然、リスクを取ってまで億万長者を狙いたいと思うだろうか?

リターンよりもリスクを気にする人が多いのがサラリーマンの特徴でもある。
サラリーマンだと人生100年時代においては、稼ぎが足りないというのであれば、リスクを取ったり、従業員を雇用する必要が無いネットビジネスでも始める方が現実的ではないだろうか?

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