1. 売り手市場、深刻なエンジニア不足の中、ソフトバンクの「戦略採用」が注目される
Harvard Business Reviewの2019年10月号は、「戦略採用」がテーマである。
ここでは、ゴールドマン・サックス、ソフトバンク、メルカリという注目企業の「戦略採用」がケースとして紹介されているが、その中では、ソフトバンクのケースが最も面白いと思った。
https://www.dhbr.net/ud/backnumber/5d6cb5c677656193a7010000
現在は、売り手市場が継続中であり、AIやデジタル・トランスフォーメーションが注目され、特にIT系のエンジニアは深刻な人手不足の状況にある。
そうした中、ソフトバンクは従来の採用方法を抜本的に改め、データ検証に立脚したPDCA、AIの活用、ユニークなインターン制度という新しい仕組みを次々と導入して、多大なる成果を収めることに成功した。
日本企業における人事部門というと、ある意味エリート集団であり、コンサバティブ、テクノロジーに弱いというイメージがある。この点に関して、ソフトバンクの人事部門はその真逆で、革新的、テクノロジーを駆使した採用制度に挑戦し続けている姿勢は大変注目される。
2. 変化する経営戦略に対応する:これが採用制度革新の第一歩
HRM(人的資源管理:Human Resources Management)の本来の役割は、経営戦略に適切に対応できるように、人材を揃え、モチベーションを持って働けるように仕向け、それが継続できる組織・仕組みを創ることにある。
しかし、実際は、経営戦略の変動があっても、人事部門はその経営戦略に即した人事戦略、採用戦略を採らないことが多い。
表面的には、IT系のツールを導入したりはするが、根幹となる、採用方針や採用の仕組みを経営戦略に応じて変化させるような行動を採る人事部門は少ない。
この点、ソフトバンクが採用方法を抜本的に改める必要性を認識したのは、ソフトバンクの経営戦略の変化に依る。
ソフトバンクは、「通信事業の活性化」と「新規事業の創出」という2軸へと経営方針が大きく変化する中、戦略上必要な人材が足りていなかったため、採用についても大きく変える必要があったのだ。
例えば、ゼロからイチを産む新規事業に挑戦できる人材や、人工知能やブロックチェーンをビジネスに活用できる人材、通信のネットワークインフラの保守・運用を着実にこなせる人材を新たに採用する必要があったのだ。
3. ソフトバンクの戦略採用の2軸
通人事業の活性化と新規事業の創出という新たな2軸へと経営方針が変化する中、それに対応できる人材を採用するために、ソフトバンクの人事部門は戦略採用における2軸を打ち出した。
それは、
採用効率を高めることと、
採用する人材の質を高めること、
の2軸である。
①採用効率を高めること
本誌における論文寄稿者である、ソフトバンクの人事本部の源田泰之氏によると、彼が採用責任者になった時、応募者の母集団や採用アプローチ、選考過程に関するあらゆる数値的な情報が存在すると思っていたが、実際は全くそうではなかった。
数字に基づく実態が把握できないのでは、そもそも採用効率を高めることができないと考えた源田氏は、エントリー前から内定までの選考過程を可視化し、全て数値的に検証できるようにしたという。
具体的には、エントリーシート選考から面接への移行率、選考期間、内定受諾率、内定受諾後の辞退率等様々で、その際には、仮設⇒検証が可能な、要するにPDCAが回るように設計したという。
②採用する人材の質
採用する人材の質については、まず、採用の母集団を拡げることにした。
ソフトバンクには新卒採用の場合、毎年約3万人の応募が集まるという。そのほとんどが大手就活支援サイトからのエントリーである。
しかし、これらの応募者は元々ソフトバンクに何らかの関心のある学生ばかりであり、ソフトバンクが必要とする優秀な人材がこの3万人の母集団にいるとは限らない。
日本国内の新卒市場は約45万人もいるので、ソフトバンクに対する関心度の有無に関わらず、この拡げた母集団の中から優秀な人材に対してリーチする方法を考えた。
その方法としては、後述する課題解決型インターン、大学研究室の学生へのアクセス、エンジニア向けハッカソンの実施等があげられる。
4. ソフトバンク流の新卒採用における5つのポイント
ソフトバンクの新卒採用は、母集団形成、情報発信、就労型インターンシップ、書類選考・面接、内定者フォローという5つのポイントがあるという。
そこで、特に重要なことは、これら5つのポイントは全て、上述した2つの採用目標(採用効率の向上、人材の質を高めること)につながっているという点である。
「戦略採用」と言い得るためには、それぞれの施策が目的達成に繋がっていることが必要だからだ。
①母集団形成
ソフトバンクに関心があり、エントリーする就活生は3万人であるが、エントリーを待っているだけでは、残りの国内新卒者42万人にリーチができないことになってしまう。
そこで、ソフトバンクの人事部門が2016年から実験的に始めてみたのが、地方創生型インターンシップ「TURE-TECH」(ツレテク)である。
これは、ITを活用して地方の課題解決を考えるという、地方滞在型のインターンシップで、学生とソフトバンクの社員とがチームを組んで、最終的には地方自治体の首長に解決策を提案する4泊5日の合宿型のイベントである。
ここでのポイントは、ソフトバンクの会社説明とか勧誘は一切しないという点である。
何故なら、もともとソフトバンクへの関心は無いが、企画・テーマ(地方創生)に関心がある情熱的で有能な学生を集める企画である点にフォーカスしたかったからである。
発案者の源田氏自身も、正直なところ上手く行くかどうかは自信はなかったそうだが、初年度だけでも1300人もの応募が集まり30人がプログラムに参加したという。
(因みに、2019年には2000人を超える応募が集まったという。)
初回の30人の参加者のうち、当初ソフトバンクに関心があった学生はわずか1人であったが、最終的にはこの30人の中から9人もの学生がソフトバンクに入社したという。
また、ソフトバンクに関心の無い学生を集める他の企画としては、エンジニア限定の「ブロックチェーン」や「AI・データ活用の導入支援」といった特定のテーマに絞ったインターンを実施した。実際、これで500人程度のエンジニアが応募してきたという。
このような、母集団を拡げる施策が奏功し、ソフトバンクの2019年4月には約430人の新卒社員が入社したが、そのうち約220人がエンジニアであり、ITエンジニアの採用が難化する中、着実な成果を上げている。
②情報発信
ソフトバンクの場合、情報発信においては、「学生目線」を常に意識しているという。
新卒採用における、各企業の採用情報の特徴としては、とにかく一部のエリート社員の紹介や、仕事を如何にカッコよく見せるかが重視されていると考えられる。
しかし、いろいろな口コミ情報なども拡散している情報化社会において、そのような綺麗事や表面的なカッコよさだけをアピールしたところで、学生はそれを鵜呑みにはしてくれない。むしろ、胡散臭いものを見てしまう。
そこで、ソフトバンクの場合には、なるべく実際に働いている社員の「生の声」を伝えるように留意しているという。
また、ありがちな、当社は「AIが凄い」「グローバルな会社である」といったことがむやみに強調されたりするが、ソフトバンクの場合には、誇大広告はやらず現実に即した情報発信をするように心がけているという。
ソフトバンクが、学生目線を重視し、採用ホームページも社員の姿のわかるオウンドメディア化したことによって、PVが飛躍的に伸び、リニューアル前と比較すると255%増だという。
http://recruit.softbank.jp/graduate/
③就労型インターンシップ
採用において数値に基づく実証研究を重視しているソフトバンクにおいては、インターンシッププログラムを受けた応募者の方が入社に繋がる比率が高いことを確認できている。また、昇進率や人事評価から定義した「ハイパフォーマー」になる率が通常の2倍ほど高いことも把握できている。そして、インターン経由だと離職率も低いという。
このため、上記①で紹介した、ソフトバンクに関心が無い学生を対象としたテーマ型のインターンシップとは別に、ソフトバンクに関心のある学生を対象にした「就労型インターンシップ」にも注力している。
もっとも、インターンシップはどこの大企業も採用しているのであるが、ソフトバンクの特徴は、2週間以上、社員と席を並べて実際に働き、賃金を支払うという比較的長期のものである。
この就労型のインターンシップがとにかく上手く機能しているようである。
2019年4月入社の新入社員430人のうち、120人が一昨年の就労型インターンシップの参加者であるという。
実際に、2週間ほど社員と一緒に働くだけの話なのだが、学生の能力面というよりもむしろ、「カルチャーフィット」、即ち、企業文化や社員との相性を学生が確認できる点がポイントのようだ。
④書類選考・面接
ソフトバンクの人事部門のデータ検証によると、良い人材を獲得するためには、選考プロセスの短縮化が有効だという。
優秀な学生ほど複数の会社からオファーが入るので、エントリーから内定までの期間を短くすると同時に、採用側の手間も削減することの両方を考えることが重要だという。
ソフトバンクの場合、エントリーシート審査⇒SPI(適性検査)⇒複数回の面接という採用プロセスであるが、従来は3か月ほどかかっていたのを、2か月まで短縮できたという。
ここで注目されるのが、AIの活用である。
IBMの「ワトソン」を利用し、過去に評価済のエントリーシートのデータを学習させて実現したという。
ワトソンが不合格としたエントリーシートについては、人手による再チェックも行っているが、ほとんどブレが無いという。
このワトソンによる効率化は結構凄いようで、75%程度の工数を削減でき、年間で1000時間以上、採用担当者の時間を浮かせることができたという。
また、AIの活用に際して面白いのが、AI活用というと「手抜き」でネガティブな印象を持たれるリスクもあるのだが、学生からは否定的な意見よりも「先進的」という好意的な反応が多かったという。
他に、地方の国公立大学向けに、面接から内定までをたった一日で行う選考プロセスも導入したという。この結果、2019年には全国から50人もの採用ができたという。
この手法は、他の日本の大企業も試してみたいところだ。
⑤内定者フォロー
内定者を出しても、その後に内定辞退が相次ぐと意味は無い。
内定受諾後の辞退率は、一般的には10~20%と言われているそうだ。
この点、ソフトバンクは、禅寺の内定者研修を実施したという。
2018年5月下旬に、京都・臨済宗の妙心寺で、内定者15人を集めて2泊3日の座禅体験型の研修を行ったところ、結果的に参加者からは内定辞退者は出なかったようだ。
これは、単なる座禅型の体験合宿ではなく、合間に、「内省と対話」を促すようなプログラムを挿入したという。自身の強みと弱みなどの分析や、ソフトバンクで将来やりたいことを仲間とともに共有したところ、大変評判が良く、他から内定をもらったがこんなに面白い体験をさせてくれるソフトバンクに行くと言ってくれた参加者もいたという。
もちろん、この学年の新卒の内定者430人のうちの15人についてであるので、これを拡げていくのは大変なのだろうが、ソフトバンク人事部門はこの企画の成功を活用し、効率的な内定者フォロープログラムの導入に成功することが期待される。
5. ソフトバンクの戦略採用の課題
①如何にして東大生を惹き付けるか?
ソフトバンクの、数値データ、AI、インターンを駆使した革新的な戦略採用は既に十分な成功を収めているようだ。
しかし、まだ課題は残されていると考えられる。
そのうちの1つが、如何にしてトップの学生を惹き付けることができるかだ。
こちらは、毎年就活情報サイトのワンキャリアが実施している、東大・京大生の就職ランキングであるが、ソフトバンクは上位30社にランクインしていない。
https://www.onecareer.jp/articles/1907
東大生(特に文系)の就職における人気は、とにかく、外銀・外コン・総合商社に集中し、残念ながらソフトバンクに行きたいという東大生の声はあまり聞こえてこないように思われる。
もちろん、ソフトバンクのような出自がベンチャーのオーナー系企業の場合、金融機関やインフラセクターのように、東大生に拘る必要は無いかも知れない。
しかし、ソフトバンクくらいの規模感になると、ある程度東大生からも人気がでるような会社を目指したいところでもある。
この点、就活ルールの廃止、終身雇用の廃止に伴う、新卒採用が多様化する流れの中、
東大生の中でも特定のスキルや性格を持った学生にフォーカスして採用をすることも、ソフトバンクの資金力や柔軟性があれば可能であろう。
例えば、外銀・外コン志望の東大生を集めたインターンを実施するとか、総合商社志望の東大生を集めたインターンというのを実施しても面白い。
ソフトバンクの場合、初任給を多くすることも、最初の配属先を指定することも可能であろうから、この点のフレキシビリティを大いに欠く、総合商社に勝つことは潜在的に十分可能であろう。
このあたり、ソフトバンクの人事部門がどのような打ち手を採るか、大変興味深いところである。
②中途採用への応用
テーマ型インターン、就労型インターンというのは新卒社員を対象とした採用における手法である。
また、エントリーシートも、新卒採用の時のみ存在する画一的な職務経歴書の代替品のようなものである。
このため、新卒採用で成功した各種手法をそのまま中途採用に適用することはできない。
転職エージェントによる中途採用者比率が減っているようだが、果たしてそれが正解かどうかはわからない。
海外でもトップクラスや部長クラス以上を採用するには、エゴンゼンダーとかコーンフェリーのようなエグゼクティブ・サーチ・ファームを利用する場合が多いが、ソフトバンクがこのあたりのファームを使用しているかどうかはよくわからない。
例えば、ゴールドマン・サックスとかマッキンゼーから、中途採用でソフトバンクに行ったという話は特に聞かないので、まだまだ中途採用における存在感は、会社の知名度や経営資源の大きさを考えるとまだまだプレゼンスが高いとは言えないだろう。
新卒で成功した、データ活用、PDCAの手法は中途採用でも応用が効くはずであるから、中途採用におけるソフトバンクのプレゼンスが高まることが期待されるところである。
最後に
大企業の人事部門というと、コンサバティブ、前例踏襲的な組織の典型であるが、ソフトバンクの人事部門は、事業部門以上にあらゆるテクノロジーやツールを駆使してPDCAを回し、その結果、成果を上げている点は大変興味深い。
部分的にでも導入可能な施策はあるはずなので、他の大企業も、就労型インターンなど、参考にして導入すればいいだろう。
また、特に頑張らないと行けないのが、ベンチャー企業の人事担当者である。
ベンチャー企業は「人が全て」とか「人がやっていないことをやる」と言いながら、採用については、Wantedlyと紹介に頼るだけということしかできていない企業が多いのではないか?
また、「最高の人材を採る」という意気込みはあっても、結局、蓋を開けると、年齢20代~30代前半で、年収500~600万円程度の中スペックの人材ばかりが集まっているのではないか?
ソフトバンクの様な知名度があり経営資源に恵まれた会社でさえも、このような他の会社とは異なる独自の戦略採用について工夫をしているのであるから、ベンチャー企業であれば尚更、独自の工夫が欲しいところだ。
このあたりについては、別途検討したい。