序. 地味ながら将来の金融機関経営を考える上でのヒントになる素材
2019年9月5日付で、株式会社大和証券グループ本社と株式会社クレディセゾンとの資本業務提携が公表された。
https://corporate.saisoncard.co.jp/wr_html/news_data/avmqks000000awug-att/20190905_Release.pdf
これは比較的地味目なニュースかも知れないが、将来の日本の金融機関経営を考える上での課題がいろいろと詰まっていて、面白い素材だと思うので、金融機関志望の就活生は深堀りした方がいいだろう。
1. 大和証券とクレディセゾンの業務提携の概要
①キーワードは、デジタル、スマホ決済、顧客基盤の開拓
上記リンク先にある両社のプレスリリースを見ると明らかだが、デジタル、決済、顧客基盤、新しい総合金融サービスといった言葉が散りばめられている。
両社とも、中期経営計画等でそれっぽいことをお互いに表明してきたのであるが、要するに、フィンテックを意識した上で、テクノロジーを駆使して何とか国内ビジネス基盤を拡大することができないかというのが共通の問題意識である。
②両社の狙い、本件資本業務提携のメリットは何か?
大和証券には、残高有の口座が400万以上あり、高齢者や富裕層を中心に、証券ビジネスにおいては野村證券に次ぐナンバー2の地位にある。
また、傘下には運用会社を抱えているし、海外の企業との取引もあり、金融商品には精通している。
他方、クレディセゾンは富裕層への浸透では大和証券には敵わないが、3,700万人ものカード顧客を抱えており、その中には30~40代の比較的若いセグメントも十分に包含されている。また、スマホを利用した決済業務に関する開発に積極的に取り組んでいる。
このように、両社は顧客基盤と強みとするスキルが異なっており、今回の業務提携によって、大和証券は比較的若い顧客層を、クレディセゾンは高齢な富裕層を狙って顧客基盤を拡大したいという意向がある。また、大和証券はクレディセゾンのスマホ決済スキルに乗っかり、他方、クレディセゾンは大和証券の金融商品に関するプロダクト情報やスキルを吸収しようという意図があるのだろう。
両社ともに、中期経営計画において、本業の範囲を周辺部に広げて行ってビジネス基盤を拡大する旨表明していたので、それに沿った打ち手と言える。
③両社の今回の提携に対する本気度
今回のような、企業買収には至らない業務提携の場合、大したことない話を株主対策の一環としてアリバイ作りのような意味合いで実行される場合もある。
その点については、両社の本件提携に対するお金や労力の掛け方を見ると大体想像がつく。
この点、今回の提携では、大和証券グループ本社はクレディセゾンの発行済株式総数の5.0%を上限とした株式取得を行う方向である。
クレディセゾンは20億円を上限として大和証券グループ本社の株式を取得する意向である。
なお、2019年9月6日時点でのクレディセゾンの時価総額は約2200億円なので、5%というと約110億円にものぼるので、大和証券は大手とは言え、小さくない金額である。
従って、両社ともに本気度はそれなりに高い案件であると言えよう。
2. 今回の提携によって、両社は具体的にどういうことをやるつもりなのか?
これについては、抽象的ではあるが、今回のプレスリリースにおいても言及されている。
第1は、「両社の既存プロダクトの相互送客及び新しい顧客基盤の開拓」とあるので、それぞれが手薄な顧客セグメントに対して、相互に既存の自社商品・サービスをお互いにプロモーションしましょうという話だ。
第2は、「新しい総合金融サービスの開発」ということで、具体的には、以下の3点が紹介されている。
(i) 新しいペイメントサービスの開発
(ii) ローンビジネスの開発、協働推進
(iii) 資産形成層向けの新しいサービス開発
これらについての具体的なサービス内容はこれから詰めるのであろうが、スマホ決済サービス、AIを活用したスコアリングに基づくローンビジネス、「資産形成層」を意識したロボアドバイザーのような積立投資型の商品・サービスの提供というところだろうか?
少なくとも、両社ともにフィンテックに依拠した新しい金融サービスを意識していることがうかがえる。
3. 大和証券とクレディセゾンの資本業務提携は成功しそうか?
両社ともに、相応の金銭的な負担(株式投資)や労力をかけて実行する提携なので、あまりネガティブな予想はしたくは無いものの、成功するイメージがあまり湧いてい来ない。
というのは、そもそも今回の資本業務提携における数値的な目標、KPIが全然開示されていない。もちろん、社内的には存在し、徐々に情報開示されるのかも知れないが、これによって営業的な数値(預かり資産、顧客数、売上、利益等)目標のイメージがよくわからない。
また、両社ともに典型的な日本の金融機関である。
冷めたことを言うと、この業務に従事するスタッフはベンチャー企業の様にストック・オプションを付与される訳では無いので、フィンテックベンチャー企業の幹部社員の様に、血眼になって働こうというモチベーションが無い。
しかも、どちらかが明確なリードを取るようには見えないので、お互いに調査、企画、開発が相手任せになるリスクがある。特に、大和証券というのは伝統的にフォロワー戦略(要するに野村證券とかの真似)を採るのが好きな会社であるので、自ら目新しいものを誰よりも早く開発したいというカルチャーでは無いように思われる(その意味では、SMBC日興証券の方が新しいことが好きそうに見える。)。
従って、メルカリ、楽天、LINEあたりのネット系ベンチャーの大手が現在手掛けていることと比較すると、画期的なサービスを開拓できるような気はしないが、どうだろうか?
4. 金融機関を志望する就活生が意識しておきたいこと
この大和証券とクレディセゾンの資本業務提携については、将来の国内系金融機関経営におけるいろいろな問題意識が詰まっている。
そもそも何でこういった業務提携をしなければならないかということであるが、少子高齢化によって国内市場の縮小化が避けられないという問題意識があるからである。
人口は減っても個人金融資産の金額は減らないのでは?、という疑問があるかも知れない。しかし、高齢者(特に80歳以上)とのリスク商品の取引は法令や金融業の指導で大幅に制限される。このため、預かり資産はあっても、顧客と取引できないと収益にはならないのだ。
それは、クレディセゾンのようなカード会社も同様であって、高齢者が増えると、あまり消費はしなくなるので、流通しているカード枚数が減らなくても、カードを使ってもらわないことには収益は生じないのだ。
そして、金融機関はそんなことは百も承知であるので、いろいろな手は打ってきたのだが、なかなか上手く行かないので、守備範囲をどんどん拡げざるを得ないのだ。
「外部ネットワークや周辺ビジネスの拡大・強化」というと格好良く聞こえるが、本業が頭打ちだから外に拡げざるを得ないというしんどい話なのだ。
そして、金融業界が面倒なのはフィンテックである。
フィンテックを自社のコスト削減に活用できるのはいい話なのだが、反対に、既存の大手金融機関は新たなフィンテック・プレイヤーによって削られる立場にある。
本来得意でもなく、面倒なIT関連のB to Cビジネスなどはやりたくはないのだが、放っておくと、ベンチャー系や他業種に削り取られるリスクがあるので、応戦せざるを得ないのだ。
従って、フィンテックについても何らかの対策を講じないと行けないのだ。
国内が厳しいと海外で稼げばいいということだが、海外は欧米やローカルの企業が手強く、国内の規制によって守られてきた日本の金融機関は海外で勝つことは難しい。下手に勝負して負けると多額の特損が生じることになり、却って自体は悪化する。
そうした中、国内系金融機関の利益水準が10年後、20年後じわじわと減っていくと、それは、当然従業員の給料に跳ね返ることになる。
一部のメディアが煽っているように、フィンテックによって既存の金融機関が将来無くなるということは無いにしてお、利益が減少し、20年後に給与水準が20%位減る可能性は十分あるが、果たしてそれでも良いだろうか?
嫌だと思ったところで、国内系金融機関から転職することはできるだろうか?
将来のことは誰もわからないが、そういった問題意識を持った上で、国内系金融機関については就活しておいた方が良いだろう。