【書評】山口周著「仕事選びのアートとサイエンス」から就活・転職を考える

1. この本に注目したい理由:著者が転職のプロ(コーン・フェリー)

<「仕事選びのアートとサイエンス」 山口周著>
https://www.amazon.co.jp/仕事選びのアートとサイエンス-光文社新書-山口周/dp/4334044034

書店に行くと、就活、転職、起業・独立等に言及したキャリアに関する書籍がごまんとあるが、当然玉石混交であろう。

その中で、この書籍に注目した理由は、著者が「転職のプロ」ということである。
「コーン・フェリー」という会社をご存じであろうか?著者の山口周氏は、コーン・フェリーのシニア・パートナーをされている。

実は、コーン・フェリーを知っているかどうか、更には、コーン・フェリーからコンタクトがあったか否かでサラリーマンとしてのレベル感がわかってしまう。

コーン・フェリーというのは、エグゼクティブ・サーチ・ファームの代表的な会社である。普通の転職エージェントの場合、転職が成立した場合に一定のフィーを採用会社が支払うというモデルなのだが、エグゼクティブ・サーチ・ファームというのは、転職が成立するか否かに関わらず、採用企業がコンサルティング・フィーのような形で人材のサーチを依頼する形態になっている。単なる転職の仲介よりも一歩上の、コンサル的な立場である。
実際、コンサルタントには元BCG等の超ハイスペックな人達が多い。
https://www.kornferry.com/consultingjp/consultants-jp

また、採用の対象となるのが社長(日本の拠点長)を始めとする役員クラスのみである。部長未満は対象外である。従って、最低でも部長クラス以上じゃないと、この手のエグゼクティブ・サーチ・ファームからはお声が掛からないのである。

著者の山口周氏は、そのコーン・フェリーの幹部であるので、今まで何百人ものエグゼクティブの採用に関わって来たのである。従って、転職・採用についての現状を知り尽くした上での書籍であるので、実践的な内容が期待できるのである。

この点は、自分自身が転職経験の無い学者先生の本とか、サラリーマンとしてマネージャーにもなった実績も無いのに転職を語る若手の著者の本とは大きく異なる点である。

2. 本書の基本メッセージ:仕事選びを予定調和させることはできない。

これが本書の結論である。本書では「バックキャスティングのキャリア設計はうまくいかない」という表現も使っている。

どういうことかというと、通常キャリア設計をするに当たっては、最初にゴールを設定した上で、そのために現状足りないことを抽出して、その要素を克服しながら最初に設定したゴールに向かって進んで行くというものである。

例えば、ゴールドマン・サックスのMDやマッキンゼーのパートナー、三菱商事の役員をゴールにおいて、そのために必要な、職歴、留学、実績、転職、昇格を1つ1つこなすことによってゴールに近づいていこうというものである。

ところが、著者によると、今後このようなバックキャスティング型のキャリア設計はうまく機能しないと予想されている。

その理由は、産業や社会が安定していた20世紀後半とは異なり、時代の変化が早いため、20年後、30年後には当初設定したゴールやそのためのプロセスが意味をなさなくなっている可能性があるからだ。

また、著者が引用されている根拠として、「キャリアの偶有性」ということがある。
これは、スタンフォード大学のキャリア論に関する第一人者であるクランボルツ教授によると、キャリア形成の80%が偶然という実証研究の結果があるという。

中長期的なゴールを設定して頑張るのはナンセンスであり、偶然出くわしたチャンスに乗っかっていく方が成功の秘訣であるという。

3. 自分をオープンに保ち、いろんなことを試し、しっくりくるものに落ち着くしかない

バックキャスティング的なキャリア設計、要するに、立派なゴールを最初に設定して、後はそのゴールに向かってひたすら邁進していく方法が機能しないというのであれば、どうすべきなのか?

それに対する本書の回答がこちらなのである。

長期的な計画には価値が無いので、「長期的に行動し、短期的に意思決定をする」という方法しか無いということである。スキルや強みというのは長期的に形成されるものであるので、継続的に自分の長所を磨きつつ、偶有的に訪れるビジネスチャンスを取り逃さないでキッチリと押さえることができるキャリアを目指そうということである。

そのために必要なこととして、以下の5点を紹介している。

①好奇心:自分の専門分野だけでなく、いろいろな分野に視野を広げ、関心を持つことでキャリアの機会が増える

将来偶有的に訪れるチャンスをうまくつかみ取って、実際のキャリア形成につなげるためには、「いい偶然」を数多く発生させるための「種まき」と「いい偶然」に上手く反応することができることが求められるところ、「好奇心」はこの両面に大変重要な役割を果たすことになるという。

「種まき」のためには、様々な人々との出会い、仕事への取組み、多様なテーマへの好奇心が必要であり、「いい偶然」に反応するためには、未知なものに対してポジティブで新鮮な反応をする心性が求められるという。

②粘り強さ:最初はうまく行かなくても粘り強く続けることで、偶然の出来事、出会いが起こり、新たな展開の可能性が増える。

これは転職をした後に、わりと生じることであるが、新しい仕事に就くといろいろと困難に直面し、「転職しなければよかった」と後悔することが多いかも知れない。
しかし、それは慣れない仕事や新しい業種に就いたので当然であって、粘り強く頑張ることが正しいマインドセットであり、そうするとうまく行き始めることも多いという。

③柔軟性:状況は常に変化する。一度決めたことでも柔軟に対応することでチャンスを掴むことができる。

これは特に、30歳以降のキャリアチェンジにおいて最も障害になることが多いのがこの「柔軟性」の欠如だという。社会人になって10年以上同じ仕事を続けていると、今までの経験やプライドが邪魔をして新しいキャリアの開発に取り組めないことも少なくないという。

④楽観性:意に沿わない異動や逆境なども、自分が成長する機会になるかも知れないとポジティブに捉えることでキャリアを広げることができる

ここでいう「楽観性」とは性格ではなく、状況判断に関する思考様式のことである。性格はなかなか変えられないが、ある状況が生じたときにそのポジティブな側面を考えることは誰でも可能ということである。

⑤リスクテーク:未知なことへのチャレンジには、失敗やうまくいかないことが起こるのは当たり前。積極的にリスクを取ることでチャンスを得られる

狭い範囲に閉じこもって同じことを繰り返してやっているだけでは、キャリアの糸はどんどん細くなってしまう。

とは言え、全くの新しいことに猪突猛進するだけでは、失敗してしまう。

そこで、一定の範囲内で計算されたリスクを取る、揺さぶりをかけることが大事であるという。例えば、同じ会社内の移動であれば財務部門から営業部門への異動に挑戦できるし、同じ金融業界という括りであれば、証券会社の営業部門から運用会社への営業部門といった、重なりがある世界の中でのリスクテークは将来のキャリア形成に有用だということである。

4. 就活にあたって考えておきたいこと

本書では、就業経験の無い就活生向けにも以下の様な興味深い話題が展開されている。

①ノウハウ本に頼らない

著者によると、「ノウハウ本で得られる表面的な知識や回答例というのは、面接のプロセスの中でたいがい見透かされてしまうので、結局はあまり意味が無いと思っているからです。」とある。

今だと、ノウハウ「本」というよりも、ノウハウ「Webサイト」といった方がより当てはまるかも知れない。

著者はBCGでコンサルタントをされていたこともあり、コンサルティング・ファームでの新卒採用にも数多く立ち会われたのであるが、新卒採用におけるインタビューは驚くほど似通っているという。

著者によると、いかにもコンサルティング・ファームを受けようという受験エリートらしい「傾向と対策」に基づいたお利口な作戦なのだが、大矛盾があるという。

コンサルティングというのはクライアントに戦略を提言するビジネスなのだが、戦略は本質的に「差別化」を求めるものである。「差別化」の策定・実行を支援するコンサルティングに応募してくる候補者がノウハウ本を読んで他人と同じ枠組みで考えて回答しているのである。ここに矛盾を感じない様では、「深く考える習慣が無い」と思われても仕方が無いということになる。

ノウハウ本を読むこと自体は止めはしないが、読むのであれば、「いかにして、ノウハウ本を読んだヤツらが出すような陳腐でありきたりな回答の上を行くか」という視点で読むべきだという。

将来は無くなるかも知れないが、ESの書き方とか、面接の回答例とか、耳に痛い話かも知れないが、この点は多いに参考になるだろう。

②「好き」と「憧れ」の混同

この話も、外銀とか外コンといった最難関の企業を志望するトップ就活生にも結構当てはまる話であると思う。

世間一般で「好きな」仕事に就けと言われるが、それは「憧れ」であることも多いという。例えば、外銀のIBDを志望するにあたって、「直近のM&Aのディール例」を慌てて詰め込む就活生がいる。本来IBDの仕事が「好き」なのであれば、そんなことしなくても、常日頃から日経新聞や経済誌を見ては自然に興味のあるディールを追っかけているだろう。面接に際して慌ててディールを調べるということは、IBDの仕事が好きなのではなく、IBDで働くカッコ良くて高収入な姿が好きだということに過ぎない。

外コンも同様で、「問題解決」のノウハウ本を読んだり、自主ゼミを組んだりするのも良いが、本当に問題解決の仕事が好きなのであれば、常日頃から自分自身で問題設定をして回答しているので、特段対策を採る必要は無いという。

もちろん、就活生の段階では実際に職務を経験したことが無いのであるから、本当の仕事の面白さとかそれが好きかどうかはわからなくても仕方が無い。

しかし、仕事の中味ではなく仕事の外観・条件が好きになる職種というのは、競争が厳しく激務であることが多いので、仕事の中味も好きでないと勝ち抜くことは難しい。

この点、本当に自分が好きな仕事内容は何だろう、対策が苦になることも無く常日頃から考えることができる仕事は何だろうということを深く考えてみたいところだ。

まとめ

本書の結論の1つである「仕事選びを予定調和させることはできない」ということであるが、これを現時点で完全否定することは出来ない。
ある程度は、理想とするキャリアゴールを立てて、それに向かって邁進していくという手法は今でも取り得るのであろう。

但し、キャリアゴールが遠くになればなるほど、著者が言うように、この種のバックキャスティング型のキャリアプランは機能しなくなっていくであろう。

従って、就活や転職を考えるにあたって、日常的に著者の言うような、「いい偶然」に巡り合って、それを着実にものにしてキャリアを磨いていくことができるような生活習慣も形成していきたいと思われる。

就活や転職については、マニュアル本だけではなく、Webサイト上のマニュアルコンテンツが溢れている。そういったマニュアルに汚染されて思考力を失わないように留意したいものである。

本書は光文社新書の780円(税抜き)の書籍で、短時間で読めるので、是非手に取って読んでもらいたい一冊だ。