1. フィンテック企業には様々な種類があるが…
既存の金融機関を不要にしてしまう程のパワーがあるのではないかとまで言われるフィンテック企業であるが、いろいろなカテゴリーがある。
フロントオフィス、バックオフィス、マーケットインフラという切り口もあるし、個人向けと企業向けという切り口もある。
そして、個人向けのフィンテック事業も、資産管理、預金、融資、決済等に大別される。
日本においては、個人向けの資産管理をサービス対象としたフィンテック企業としては、ロボアドバイザーのウエルスナビやお金のデザイン、テーマ投資を取り扱うfolio、3タップで株式売買を可能としたOne Tap Buyなどが多額の資金調達を実現するなど、注目を集めている。
2. しかし、個人向けの資産管理サービスを対象としたフィンテック企業は苦戦しているように見えるが…
これらの個人を対象とした資産管理サービスを取り扱うフィンテック企業はビジネス的に苦戦しているようにも見える。
①一見好調の様にも見えるロボアドバイザーだが…
例えば、ロボアドバイザー首位のウエルスナビは預かり資産が1600億円を突破したようだが(2019年7月11日時点)、この1年間(2018年7月10日時点の預かり資産が900憶円)で預かり資産は700億円しか増えていない。
https://www.wealthnavi.com/
既に米国の独立系大手のロボアドバイザーであるWealthfrontやBettermentは預かり資産が優に1兆円を上回っているし、ウエルスナビの従業員数が80人以上いることを考えると、現在の預かり資産増加ペースでは全く不十分ではないだろうか?
https://www.roboadvisorpros.com/robo-advisors-with-most-aum-assets-under-management/
特に、ナンバー2のお金のデザインについては、2019年1月31日時点で預かり資産は360億円しかない。
https://news.money-design.com/2019-03-11
両社ともに、手数料が預かり資産の1%ということ、現状の預かり資産額及び増加ペースを考えると、もっと頑張る必要があるのではないだろうか?
②LINEとの提携で注目されたfolioであるが…
他方、創業者がゴールドマン・サックス出身で、2018年1月には70億円の大型資金調達とLINEとの提携で大いに注目されていたテーマ型投資のfolioもビジネス的に現状苦戦しているようだ。
会社のHPで開示されている2019/3期の財務諸表を見ると、2019/3期の当期純損失は24億円にもなっている(2018/3期は約8億円の当期純損失)。
この結果、2019/3末時点での純資産は約55.9億円まで減ってしまった(2018/3末時点での純資産額は約80億円)。
https://corp.folio-sec.com/assets/pdf/disclosure-201903.pdf
ベンチャー企業なので赤字はやむを得ないかも知れないが、問題点は、実質的な売上に相当する受入手数料が2019/3期については、約2000万円しかないということだ(2018/3期の受入手数料は約730万円)。
バーンレートを考えると、悠長にやっているわけには行かず、ロボアドバイザー以上の売上増に向けての施策が必要なのではないだろうか?
3. 個人への資産管理サービスを対象としたフィンテック企業が苦戦している原因
大型資金調達を済ませ、メディアでも総じてポジティブに捉えられがちな、個人向けのフィンテック企業であるが、何故苦戦しているのだろうか?
それには、プロダクト、販売チャネル、人材といったところに原因があるのではないかと思料されるので、以下検討することとする。
①それ程斬新さが無いフィンテック企業のサービス内容?
「ロボアドバイザー」というと斬新で画期的なサービス内容に見えるかも知れないが、個人投資家にとっては思った程は刺さらないのかも知れない。
フィンテック企業の思惑としては、「既存の金融機関は自社にとって有利な商品ばかりを販売していてけしからん。自分たちが正当な資産管理(国際分散投資)を教えてあげよう。」という考えが前提にあって、既存の金融機関がやらないサービスの提供によって差別化しようというのがあるのだろう。
しかし、既存の金融機関は意図的に資産管理型(国際分散投資)の営業を展開していない訳ではない。1998年のいわゆる金融ビッグバン以降、20年以上、資産管理型営業をさんざん推進したものの、既存顧客からは大して受け入れられなかったので、個別の商品を営業しているように見えるだけである。
その中で、ラップという証券会社のサービスがあって、野村證券とか大和証券では数兆円の運用資産に到達しているのであるが、これらは対面販売で血のにじむような営業活動によって長年かけてようやく達成できたものである。
それをネットやスマホで置き換えたところで、顧客の方から寄ってきてくれるような簡単なビジネスではないのである。
大手証券会社のメイン顧客である50歳以上の個人投資家においては、資産管理型営業(国際分散投資)、要するにポートフォリオを売るような営業はあまりピンと来なかったようだ。他方、ある程度金融リテラシーの高い顧客は、ETFを活用して国際分散投資をすることが低コストで手堅い運用であること位はとっくに知っているので、単に「ロボアドバイザー」「フィンテック」という言葉位では揺さぶられないのかも知れない。
②ターゲットとすべき若者は投資をするようなお金は無い…
もっとも、フィンテック企業がターゲットとするのは大手証券会社の50歳以上の既得意顧客ではなく、大手証券会社がアプローチできていない20~30代の若手の顧客層だという考え方がある。
確かに、大手証券会社は目先の収益に追われがちであり、既存の中高年の顧客にフォーカスせざるを得ず、若手層に対する新規開拓とかマーケティング活動は出来ていない。
こういった若手層であれば、大手証券会社からのポートフォリオ営業に飽き飽きとしておらず、ロボアドバイザーとかテーマ投資は新鮮に感じてくれるかも知れない。
しかし、最大の問題点は今の若手層の多くは投資に回すようなお金が無いということである。例えば、20代の友達とか知り合いがいたら想像してみよう。その20代の友達に、月々1万円からでいいので、ロボアドバイザーとかで運用を始めてみてはどうかと勧めてみて、実際に運用を始めてもらえる確率はどれくらいだろうか?
20代とか30代は使うお金が欲しい時なので、月々1万円とは言え、すぐに成果が現れるわけでもない投資に対する優先順位は高くないであろう。
そういう人達を対面で口頭で説得するのでもしんどいのに、PCのスマホに情報を載せているだけで、20~30代の若年層が勝手に寄ってきてくれて投資を始めてもらえるほど、リテール営業の世界は甘くないのである。
③意外に侮れない、既存金融機関の販売力?
新規顧客の開拓コストは、非常に高い。ましてや、新商品を販売しようとすると、それ以上に労力がかかるものである。
その意味では、既得意顧客を豊富に有している金融機関は強い。既得意顧客に対して新しいサービスを売り込めるからである。
実際、アメリカのロボアドバイザー市場においても、独立系のWealthflontやBettermentよりも、既存の金融機関であるチャールズ・シュワブ(証券会社)とかバンガード(投信会社)の方が格段にロボアドバイザー・サービスの預かり資産額が多いのである。
独立系はWealthfronが11 billion USD、Bettermentが16 billion USDであるのに対して、チャールズ・シュワブは37 million USD、バンガードは115 billion USDもあるのである。
大手金融機関は既得意顧客を持っているのに加え、信頼性も高いので、ロボアドバイザーの元祖である独立系よりも高い顧客開拓力を有しているのである。
この点、日本のロボアドバイザーであるウエルスナビやお金のデザインも薄々気づいていたのか、販売は、住信SBIネット銀行とか、新生銀行といった既存の金融機関グループとコラボし対応しているのである。
この点、目論見が外れたのはfolioかも知れない。
FolioはLINEと提携することによって、LINEの7000万ユーザーから一定数流れて来るのを期待していたと思われる。
7000万ユーザーのわずか.1%でも、folioに流れてくれると70万口座である。
そして、1口座平均50万円とすると、預かり資産規模は3500億円にもなる。
すると、テーマ投資で売買1往復してもらえると、年間の売上高は35億円にも及ぶ。
しかし、上記のfolioの財務諸表を見ると、そのように上手くは行かなかったようだ。
投資というのはスタンプとかディズニーツムツムに課金するような感覚で、やってもらえないので、いくらユーザー数が多くても、そこには大きな壁があるようだ。
④フィンテック企業のサービスは税金を意識しているか ~NISAやiDeCoに勝てるか~
個人向けに資産管理サービスを提供するフィンテック企業は、中高年の富裕層は既存の金融機関に囲い込まれているし、他方、20~30代の若手層は投資ができるような余裕のある人達はかなり少ない。
さらに、フィンテック企業のライバルにNISAやiDeCoがいる。
フィンテック企業が提供するのは、健全な運用による資産形成である。そういった意図がある個人投資家は、当然NISAやiDeCoを意識する。
投資というのは儲かるかどうかわからないものであるが故に、税金とか手数料といったものは低いに越したことがない。これらは確実に掛かる費用であるので、税金や手数料の負担が高いと確実に足を引っ張ることになってしまう。
このため、真剣に健全な資産運用による長期的な資産形成を考えてくれる顧客層は、税金や手数料に神経質であるところ、ロボアドバイザーにしても、folioのテーマ投資・おまかせ投資は、税制を意識した商品設計になっているだろうか?
国際分散投資については、ETFを使った低コスト投資の手法は雑誌とかネットで知られているのだが、ロボアドバイザーとかテーマ投資・おまかせ投資は、コストを上回る優位性を伝えることができるのだろうか?
以上のようなことを踏まえると、フィンテック企業のサービスは金融リテラシーが低い人にはそもそも伝わりにくいし、金融リテラシーが高い人には別の意味で刺さりにくい。このあたりが、フィンテック企業の課題なのであろうか?
⑤フィンテック系企業に個人向け金融ビジネスに詳しい人材はいるか?
ウエルスナビ、お金のデザイン、folioといったフィンテック企業は、外銀とか外コンといった非リテール金融系の人達が創業メンバーとなっている。
既存の金融機関のサービスを覆すというコンセプトがあるのかも知れないが、金融のリテールビジネスはなかなか論理だけでは割り切れない難しさがある。
金融のリテールビジネスの歴史的な経緯や税制、センシティブな投資家心理などを踏まえた上で現在のサービスが作られたのかどうかはよくわからない。
しかし、既存の金融機関に対抗しようと思えば、その手の内を知り尽くした人材も必要になるのではないだろうか?既存の金融機関のリテール営業企画の十分な経験がある人材は年収1500~2000万円くらいはもらっているだろうから、年収3000万円或いはストック・オプションを積まないと来てくれないのだろうが、このあたり何らかの対応が望まれる。
4. 個人向けフィンテック事業だと、面白いのは、それでも仮想通貨?
ビットコインの価格は2019年にかなり取り戻したが、6月にビットポイントの仮想通貨が流出するなど、まだまだ暗い話題が多い仮想通貨業界である。
しかし、資産管理型の健全な投資サービスを提供するビジネスと違って、投機性の強い仮想通貨ビジネスのパワーは凄い。2018年にコインチェックの仮想通貨流出事件が生じたが、その際にはコインチェックの口座数は100万口座位あったという。
日本でトップの野村證券の口座数が500万、大和証券が400万レベルであり、短期間で100万件も口座が開く仮想通貨ビジネスの人気は相当なものであったことがうかがえる。
去年の暴落とか、一連のハッキングによる流出事件によって、すっかり胡散臭いもののように見える仮想通貨ビジネスであるが、将来性が無くなった訳では決してない。
仮想通貨交換業協会という業界団体が設置され、ルール作りに向けたインフラは整い始めている。ICOのインフラが整備されて、楽天、メルカリ、LINEあたりが独自のコインを発行したりすると再び注目される可能性は十分にあるだろう。
今は業界全体がすっかりおとなしくなってしまったようだが、実はこれからが楽しみな業界でもある。
5. 個人向けのフィンテック企業への就活・転職における留意点
①見かけやイメージだけで決めるのは危険
フィンテックというのは新しい領域であるので、どういったタイプの企業が勝てるのかについては未知数である。
この点、創業メンバーの経歴とか、メディアでの露出だけでは判断できない。
そのフィンテック企業が提供しているサービスが真に競争力があるものか目利きが必要である。
しかし、就活の段階とか、金融機関での業務が未経験な者にとっては、その辺の判断は難しい。そうなると、資金調達額、話題性、経営陣のスペックといった表面的な見かけで判断してしまいそうになるが、それは危険である。
こういった点については、金融機関での経験が豊富でリテールビジネスに強い人達の意見を仰ぐことが重要になるだろう。
②当該フィンテック企業で習得できるスキルと、その後のキャリアについてイメージしてみること
フィンテックといっても、具体的な業務範囲は広い。漠然とフィンテックと名の付くサービスであれば何でも良いということは当然無く、フィンテック企業に就職・転職したのであれば将来も持ち越せるスキルを習得すべきである。
そういう意味においては、ロボアドバイザーとかテーマ投資というのは、特段目新しいサービスではない。既存の証券会社とか投資運用会社でも習得できるようなスキルであって、特段稀少性が高いものとは言えないだろう。
他方、仮想通貨ビジネスというのは、既存の大手金融機関が扱っていない(免許的に扱えない)分野である。したがって、大手金融機関に行っても習得できないスキルである。
そうすると、一見胡散臭く見えるかも知れないが、個人向けのフィンテックビジネスにおいては、仮想通貨交換業者に行った方が固有のスキルを習得できるかも知れない。
また、同じフィンテック系企業に行くにしても、その中で自分はどういった業務を担当するかによって得られる価値が異なってくる。プログラミング関係なのか、マーケティング関係なのか、事業企画系なのか、リスク管理系なのか、このあたりも自分のスキルや専門性を踏まえて判断していくことになる。
③リスクを踏まえた対応をすること
未知数の個人向けのフィンテック企業に就職・転職するということは、当然、リスクを伴うということである。
従って、リスクを踏まえた対応を取らなければならない。
金融ビジネスというのはリスク管理を絶対に軽視できないビジネスであるので、自分のキャリアを考察するに当たってはリスクを十分認識することが重要だ。
このため、報酬についてもリスクに見合ったリターンがあるかを考えないといけない。
ベンチャー段階では固定での高給は期待できないので、ストック・オプションはもらえるか要確認である。
薄給、ストック・オプション無し、リスク有りでは行く意味がないのではないだろうか?
また、事業が上手く行かなかった場合を踏まえた場合の、リスクシナリオを用意しておく必要がある。この点、楽天、LINE、メルカリのような企業での仮想通貨ビジネスに就いたとした場合には、仮に失敗しても社内で受け皿があるだろう(社内での評価が高い場合)。
他方、独立系の場合には、「ベンチャーで失敗」という有難くない経歴になってしまう。
こういった事情も踏まえて、就活・転職に臨むことが望ましい。