1. 終身雇用が崩壊するとベンチャー企業の出番なのか?
終身雇用の廃止や、年金2000万円不足問題などを受け、終身雇用を前提としたサラリーマンの将来性がネガティブに捉えられがちだ。
そして、終身雇用の廃止や解雇規制の緩和方向に進んでいくと、企業は従来の「メンバーシップ型」から欧米流の「ジョブ型」にシフトしていくので、これからはベンチャー企業で実力を付ける方が良いという意見も見られる。
もっとも、そういった変化は一気に現実化するわけでもないので、目先の就活戦線を見ると、東大や早慶のトップ学生が志望企業をベンチャー企業に変更している様子はない。
2. ベンチャー企業に行くと「実力」は付くのか?
先ず、ここでの「べンチャー企業」とは、サイバーエージェントとかメルカリのようなIPO実施済の大手企業は含まず、また、自ら起業するようなケースも含めないものとする。
従業員が10人に満たないような狭義のベンチャー企業を指すこととする。
ベンチャー企業は、ネームバリューや給与水準が低く、労働時間が長く、不安定である。ストック・オプションでももらわない限り、待遇面においては大企業に全く歯が立たない。
このため、ベンチャー企業が唯一売りにできるのが「実力」が付くということである。
確かに、ベンチャー企業の場合だと、企画、発注、製作、営業、管理まで全て自分1人が幅広く関与せざるを得ないし、わからないことは優秀な先輩や同期が助けてくれるという体制にはなっていない。
その意味で、ベンチャー企業で働くと、独立心や自立心といったものは大企業に行くよりも磨かれるのであろうが、果たして、それだけで「実力」が付くと評価していいものだろうか?
3. そもそも「実力」とは何か?
「実力」については決まった定義はない。それは、その人のキャリアゴールとか価値観によって異なるものであろう。
したがって、ここでは、「実力」とは、
(1)転職力を伴う普遍的なスキル
(2)独立が可能となるようなスキル
を指すこととする。
①転職力を伴う普遍的なスキルについて
これは主として、大企業間で転職をしていくことが可能となるスキルである。
例えば、金融機関だと、M&A、ファイナンス、トレーディング、リサーチ、セールス、金融バックオフィス(オペレーション、リスク管理、IT、HR、財務・経理、法務・コンプライアンス)である。製薬会社だと、R&DとかMR、知的財産などがこれに該当する。
一般的には、業界内でのみ転職が可能なスキルが多いが、人事、経理、総務などは業界を超えて通用する場合もある。
また、現在であれば、プログラマーとかデザイナーは業界を超えて引く手あまたであろう。
ところが、ベンチャー企業の場合は、どうであろうか?
WEB周りのプログラマーとかデザイナーを除くと、プロダクト、マーケティング、事業企画、セールスあたりがこれに該当するが、果たしてベンチャーで得たこの手のスキルはどの程度競争力があるだろうか?
ベンチャー企業の場合は、1人が幅広くカバーできるということで、守備範囲の広さはアピールできるかも知れないが、その分専門性の点で劣後してしまうし、何よりも大手のような良好な案件、ビッグプロジェクトに参画できないというデメリットがある。
そうすると、次に大手のネット系企業とか外資系IT企業に転職しようと思っても、大手のネット企業で優良/大型案件に従事している人の方が、見栄えもいいし、専門性でも劣後してしまう。
このように、ベンチャー企業では守備範囲の広さを身に着けることができるかも知れないが、それはある程度分業化された大手/外資に転職する際には武器にならない。
ベンチャーからベンチャーに転職する場合は、歓迎されるのかも知れないが…
②独立を可能とするようなスキル
この「独立」というのも、自ら起業する場合と、フリーランスとして独立をする場合とが含まれるが、ここではフリーランスに絞って考えよう。
確かに、フリーランスの場合は何から何まで自分1人でやらないといけないので、ベンチャー企業での守備範囲の広さはスキル的にもマインドセット的にも役に立つだろう。
しかし、注意しなければならないのは、どういった「コアスキル」が身に付けられるかだ。
将来、フリーランスを見据えてベンチャー企業で修業をしようという場合には、どういったコアスキルを付ければ有利か、逆算していく必要があるだろう。
また、どういったクライアントと接点を持つことができるかも重要な視点である。
(揉める場合もあるが)フリーランスとして独立するに際しては、サラリーマン時代に設定ンのあったクライアントから仕事をもらって始めるというのはよくあるパターンだからである。
営業先を開拓するといった点に着眼すれば、確かに、ゼロからの開拓が求められるベンチャー企業の方が良い経験になるだろう。他方、既存のクライアントと接点を作りたいというのであれば、サイバーエージェントのような大手のネット系企業を選択するのが賢明であろう。
それから、他に重要な点としてネットワークの構築という点がある。
フリーランスとして成功するためには、守備範囲を広げてなるべく上流から仕事を取るのがポイントである。そうなると、自分が不得意な領域については他の人にアウトソースすることが求められ、優秀な者同士のネットワークが重要となる。
優秀な同僚とのネットワークの構築というと、メルカリとかヤフーの大手に行った方が堅いのだろうが、ターゲットとするクライアントの業種や規模感によっても異なる場合がある。
以上の様に、「実力」というのは自分が求めるキャリアによって内容が異なってくるので、ベンチャー企業に行けば必ずしも大企業に行くよりも「実力」が付くとは言えないのである。
4. ベンチャー企業で「実力」を付けられるかのチェックポイント
ベンチャー企業は大企業の様に、教育・研修制度は完備されていない。
そこで、上記と重複するところではあるが、改めてチェックポイントを抽出すると以下の様になる。
①経営者、先輩、同期は優秀か?
狭義のベンチャー企業の場合には、意図時に学生の方から狙って就活するということはあまり無いかも知れない。長期アルバイトとかインターンとかを通じて、卒業後にそこにそのまま就職するのか、或いは、別の大手に就職をするのか決定することとなる。
そこで、実際に自分がインターンへの参加やアルバイトを通じて、経営者、先輩、同期が優秀かどうかを冷静に見極める必要があるだろう。
反面教師という言葉もあるが、なるべくであれば、周りが優秀な方が自分の成長に繋がり易いことは確かだ。
②良好な案件に参画できそうか?
何を以て良好というかは、その人のキャリアゴール次第である。
自らが目指す方向性に合致するような案件に参画できるかどうかということである。
したがって、単に規模の大きさを意味するわけではない。
フリーランスでの成功を目指す場合には、大手クライアントよりも、良好な個人経営者との案件が豊富な方が望ましいからである。
「ベンチャーだから、良好な案件はお前が見つけてこい!」と言われるかも知れないが、この場合も、タフな営業マンを目指すのか、或いは優れたプロダクトスペシャリストを目指すのか等によって異なるので、よく考えた方がいいだろう。
③クライアントとのネットワークは構築できるか?
どういったクライアントが自分にとって望ましいかは、これも、自分の目指すキャリアゴールによって異なってくる。
営業が苦手な場合でも、スキルに自信があれば、営業力のあるフリーランスと組むことができれば、必ずしもクライアントとのコネクションはトッププライオリティになるわけではない。
また、最初の就職先(ファーストキャリア)が全てでは無いので、自分の目的に近づくために、もう1社挟んで別のスキルを身に着けてからという方策もある。
当該ベンチャー企業がクライアント開拓能力があまり強くない、良い営業マンがいないという課題はあるが、プロダクト力・技術力等が大変優れている場合には、それに関連するスキルを習得して、他に移ることを考えればいいのだ。
まとめ
就活生の段階で、上記のような点をチェックする能力・経験があるわけないと思われるかも知れない。また、長期インターンやアルバイトで、上記の点を見極められるような情報を与えられるとも限らない。
そういった点に不安があるのであれば、東大とか早慶の学生であれば、選択肢はいくつでもあるだろうから、不安を抱えながら狭義のベンチャー企業をファーストキャリアとして選択する必要は無い。
「ファーストキャリアは重要だ」「大手からベンチャーへは行けても、ベンチャーから大手は難しい」というのは確かなので、迷えば手堅い選択肢を選べば良いだけのことだ。
「ベンチャーに行けば実力が付く」というのは、部分的にはそういった面もあるだろうが、あまりに大雑把な話であるので、自分のキャリアゴールを冷静に見極めてから、狭義のベンチャー企業に行くことが本当に実力を付けることになるのかについて慎重に判断すべきである。