少子高齢化による個人金融資産の変容の脅威。就活生は野村證券の資料を読んで考えてみよう。

1. 少子高齢化による個人金融資産の在処の変容のインパクト

少子高齢化による国内市場縮小の脅威ということについては、もう何年も前から騒がれていて、誰もが問題意識を持っているであろう。

少子高齢化というのは、いわゆる人数、頭数で見た変化であって、確実に訪れる脅威ではあるものの、その変化のスピードはゆっくりである。

ところが、個人金融資産というところにフォーカスをして、少子高齢化の問題を重ね合わせると、そのインパクトは遥かに強烈に早くに押し寄せるのである。

具体的には、野村證券の2018年12月に実施された経営戦略に関するプレゼンテーション資料(23頁)を見るとよくわかる。そのポイントは、この2点である。
https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/presentation/data/2018_1204_prem.pdf

(1)個人金融資産は超高齢層に集中

2015年の時点で個人金融資産に占める75歳以上の人が保有する割合は24%と約1/4だ。
ところが、今から約10年後の2030年には、75歳以上の保有する金融資産シェアが46%と半分に迫ってしまうのだ。

これはどういうことかというと、法令や金融庁の指導により、高齢者(75歳以上)に対するリスク資産の積極的な営業活動は抑制することが求められる(禁止ではない)。
要するに、積極的な営業活動の対象となる資産から75歳以上が保有している24%については、対象から事実上外れてしまうのだ。

それが、約10年後には半分近くの個人金融資産について、積極的な営業活動が展開しにくくなるのだ。この影響はかなり大きい。

他方、54歳以下の保有する金融資産の割合は、2015年時点では3割程度であったが、それが2030年には約2割位まで減少してしまう。

フィンテックとかデジタル・イノベーションとか言っているが、そのような高度なITリテラシーを前提としたターゲット層はこの層であるだろうから、今から10年後にはそのターゲットが大幅に減少してしまうのだ。

(2)高齢化・相続による個人金融資産の三大都市圏への集中

少子高齢化に伴う過疎化の問題は既に始まっているが、その変化は徐々に進んでいく。ところが、金融資産という切り口で見ると、その変化は頭数以上のスピードでやってくる。

上記のリンク先の野村證券のプレゼンテーション資料(23頁)を見ると、東北、山陰、四国、九州の県の多くは、2030年には10~20%もの個人金融資産の減少が見込まれている。

他方、三大都市圏においては、反対に0~10%の個人金融資産の増加が見込まれている。
なお、注意すべきは、三大都市圏と言っても、その中で格差がある。
首都圏は一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)は全て個人金融資産の増加が見込まれているが、名古屋圏は愛知県のみの増加が見込まれ、岐阜県や三重県は減少が見込まれている。

特にショックなのは、近畿圏である。増加が見込まれるのは滋賀県と奈良県であり、大阪府、京都府、兵庫県という関西のビジネスの中心地については個人金融資産の減少が見込まれているのだ。

人口の減少ペース以上に、金融資産の減少ペースが速いので、野村證券は現在2割程の店舗の削減をしているところだが、このままだと、10年後には地方の店舗や近畿圏(特に店舗数が多い大阪府や兵庫県)の再見直しまでが必要となる。

店舗とそれに伴う人員の余剰感はまだまだ解消されないということだろうか。

2. 超高齢、地方の衰退によって、将来証券会社はリテールビジネスで稼げるか?

証券ビジネスは相場環境による影響が非常に大きく、アベノミクス相場の時はどの証券会社も大儲けをすることが出来た。しかし、去年位から市況が悪化し始めると、証券会社の収益性は大幅に低下し、野村證券もリテール部門の収益は大幅に低下した。

現状でも、リテールビジネスの状況は楽観視できないのに、営業対象となる顧客層が超高齢化により大幅に減ったり、地方(というか近畿圏まで)の個人金融資産が減少すると、ますます証券会社がリテールビジネスで稼ぐことは難しくなるのではないだろうか?

少子高齢化と個人金融資産の超高齢層への集中に対応するためには、それぞれの年齢層に対して以下の様な打ち手を考える他ない。

(1)パイが大きくなる75歳以上の層から薄く広いフィービジネスを展開する

個人金融資産の75歳以上の占める割合はほぼ倍増する。この層は、適合性の原則から、リスク資産の営業活動は難しいが、安全性の高い資産の営業であれば可能性はある。
もっとも、安全性の高い資産をどうとらえるかにもよるが、個人向け国債とかそれに準じたファンドであればフィー水準は極めて低くなってしまうので、なかなか難しいところである。

(2)55歳から74歳の顧客層からの収益を拡大する

ネット証券と違って、対面ビジネスがメインの大手証券会社の場合、中心となるセグメントはここである。金融資産を持っている個人は50歳以上が多く、対面販売を志向する確率が高いのもこの年齢層だ。しかし、このセグメントは現在は半分弱位だが、今から10年後には4割位に減ってしまう。また、既にどこも重点をおいているところなので新たに開拓するには営業コストが掛かってしまう。このため、ここから十分に収益を上げることは容易ではない。

(3)現在20~39歳の若手を開拓しておく

このセグメントがやがて主力顧客になっていくので、早いタイミングで開拓しておくことも戦略上重要だ。しかし、大手証券会社はこのセグメントの開拓が苦手である。現にどこも開拓できていない。

その理由としては、日々既得意顧客(50歳以上中心)から収益を上げることに追われており、なかなか若手のセグメントの開拓にまで手が回らないというのがある。

また、証券会社自体、ネット、SNS系は苦手分野であって若者の心をつかむことができない。だからこそ、野村證券はLINEと提携したのではないだろうか?
今はどこも収益的に楽ではない状況であるが、将来を踏まえて若手に目を向けないと、フィンテックとかデジタル・イノベーションというのは絵に描いた餅になってしまうのではないだろうか?

3. 超富裕層向けビジネス(プライベート・バンキング)の難しさ

野村證券の経営戦略に関する資料でも言及されているが、将来の収益源ということで、超富裕層向けのビジネスの強化に言及されている。

超高齢化に伴い対象顧客数の減少に備えて、厚くとれる可能性のある顧客セグメントからその分フィーを稼ごうということであろうか。

これはいわゆるプライベート・バンキングビジネスのことをイメージしているのかも知れないが、日本の場合、これは難しい。過去には、メリルリンチ、HSBC、BNPパリバ、バークレイズ、クレディスイス、UBSなど、海外では素晴らしい実績のある外資系金融機関が日本でのPB(プライベート・バンキング)ビジネスに挑戦したが、悉く失敗している。

その理由は、単に富裕層のレベル感・規模感が欧米、中東、アジアと比べてかなり小粒であるからだ。PBビジネスは労働集約的なビジネスであるので、10億円の顧客1人の方が、1億円の顧客10人よりも遥かに効率がいいのだ。

もっとも、PBビジネスというと10億円資産があっても十分ではない。何故なら、全額をリスク資産に突っ込むわけにはいかないので、10億円あっても、投資できるのは1億円のファンドを2つ位に限られてしまうからだ。

とはいえ、1億円クラスの富裕層は多数(80~100万世帯)存在するが、5億円クラスになると大幅に減ってしまう(10万世帯未満)。ましてや、10億円以上となると、さらに見つけるのは難しくなってしまう。

日本の富裕層市場は、浅く広く分布しているのが特徴なので、極端な富裕層を少数見つけてPBビジネスを展開するということには馴染みにくいのだ。

また、顧客に関する市場だけではなく、供給側、要するに金融機関の人材の問題もある。
証券会社とか金融資産の資料には、「タックス・プランニング」「不動産」「運用」「相続」「M&A」と簡単に書いているが、それに対応できる営業マンは果たして何人いるのだろうか?

いたとしても、現状の1千数百万円位の年収では雇用を続けることは難しいだろう。そもそも、営業マン自体が投資用不動産の1つも持っていないし、確定申告したことも無いし、株式会社の1つも作ったことが無いのであれば、不動産、税金、M&Aの相談を富裕層から受けるのは無理ではないだろうか?

4. フィンテック、デジタル・イノベーションのウソ?

フィンテック、デジタル・イノベーションというと、最新の技術を導入しようという姿勢がうかがえるのだが、果たして具体的にどういったことができるのかについては未知数なことが多い。

確かに、フィンテック系の技術によってコスト削減、効率化ということは可能であろう。
しかし、それを収益増に結びつけられるかどうかについては、その効果はまだよくわからない。

LINEというと7000万ユーザーということが強調され、そのうちほんのわずかでも証券取引に来てくれたらその影響は大きいと言える。例えば、7000万ユーザーのうちの1%が新規に証券口座を開設すると、70万口座が出来ることになる。日本最大の野村證券の口座数は約500万円であるので、70万口座が出来れば大したものである。

しかし、そもそもLINEユーザーの若者は、証券投資に回せるようなお金があるのだろうか?iDeCo、NISAならともかく、スマホでトレードをしようとまで思うだろうか?

そもそも、LINEのユーザーはチャット、ゲーム、アプリ等の目的でLINEに来ているわけで、本当にそこから証券取引をしようと考えるのだろうか?

仮に証券口座が出来たとしても、それは単なるネット証券と何が違うのだろうか?
大手証券会社もオンライントレードのインフラはあるが、個人の株式取引は手数料の安さからネット専業証券会社の独壇場となっているが、何の取引を想定しているのだろうか?

UI/UX云々という話があるが、そういった開発については、楽天証券とかマネックス証券の方が得意かも知れないがどうなのだろうか?

以上のように、フィンテックをリテールビジネスの収益増加に役立てるのはまだまだ課題がありそうである。

もっとも、フィンテック、AIが進展し、証券会社のリテール部門のビッグデータから、推奨すれば買ってもらえる取引のパターンを抽出できるようになれば、収益性はグッと高まる可能性がある。第1次インターネットバブルの2000年頃には、データ・マイニングということで似たような効果を期待されたが実現しなかった。フィンテックでは可能となるだろうか。

最後に

以上のように、少子高齢化の影響は、個人金融資産の超高齢者への偏在や特定地域への偏在ということを考えると、思っている以上に早くリテールビジネスに影響しそうである。

証券会社のIBDとかグローバル・マーケッツといったホールセールの専門職は極めて狭き門であるので、それなら、リテール職でも仕方が無いかということで大手証券会社に就職する学生は多いのだろうが、将来のこのような難しい問題にどう対処していけばいいか考えた方がいいだろう。

  • ブックマーク