1. 日経ビジネスの特集:「新規事業という病」
「新規事業」というとどのようなイメージがあるだろうか?
就活生にとっては、「新規事業」に従事できるというのはカッコいいイメージがありそうだし、「新規事業」に従事している社会人は自分はエリートであるという自負があるようにも見える。
基本的に、「新規事業」というのは響きの良い、ポジティブな事業・役割に見える。
少子高齢化や基幹産業の地盤沈下によって、日本企業は現在厳しい状況にあるので、「新規事業」で現状を打破して再成長したいという企業の思いは理解できる。
確かに、日本の企業の再成長の原動力となるべき「新規事業」に従事できるのは、従来には無いものを産み出す想像力や、ビジネスセンス、AI/IT関連の最新のテクノロジーが要求されるので、「新規事業」要員として選出されたサラリーマンには選民意識が生まれるのかも知れない。
しかし、2019年6月21日号の日経ビジネスの特集「新規事業」は、この方向性に警鐘を鳴らしており、大変興味深い内容だと思われる。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00137/
2. 何故、新規事業が問題か?
この日経ビジネスにおいては、新規事業がうまく行かない、或いは企業として余り推進すべきでない理由・事例をいくつも紹介している。
その整理・分類の仕方はいろいろあるのだろうが、例えば、以下が新規事業がうまく行かない原因だ。
①本業が軽視されがちになる(実は本業にフォーカスした方が良い)
日経ビジネスで紹介されていたのは、三越伊勢丹とメルカリのケースだ。
三越伊勢丹は、デパート事業が縮小していくので、数年前に「何が何でも新規事業だ」という全社的な流れがあって、片っ端から新規事業をやり始めたという。
その結果、売上は増えたものの、その手の雑に創設された新規事業はほとんどが赤字であり、結局利益面において足を引っ張ってしまった。
また、人事制度的にも、結果が出なくても新規事業をやっているだけで評価されるような実行上の問題があったので、本来やるべき本業の見直し・強化も滞ってしまったという。
そうなると、本業は伸びないし、雑に大量生産された新規事業が赤字で足を引っ張るわで、二重の意味でマイナスになってしまったという。
そこで、現社長は方針を転換し、本業にフォーカスし始めたところ、業績は好転してきたという。
メルカリは国内は絶好調だがアメリカ事業は赤字を垂れ流し続けているということは知られているが、実は、国内事業でも新規事業はうまく行っていなかった。このため、「メルカリNOW」「メルカリアッテ」「メルカリ メゾンズ」は止めてしまった。
三越伊勢丹とかメルカリのような業界トップの企業の場合には、その本業で競争力があるので、わざわざ新規事業をやるよりも本業にフォーカスした方が結果的に利益が出やすいということである。
また、老舗の日本企業がいきなり「新規事業」といっても、社員や人事制度がそれに適応していないので、やり始めてから新規事業が不適応ということに気づく場合が少なくないようだ。
②単純に流行を追うだけでは上手く行かないことが多い?
横並び意識が強い日本企業は、同業他社(特に業界トップ企業)が「流行」を追い始めると慌てて自分もやらなければならないと考えることが多い。
例えば、「シェアリング・エコノミー」、「フリーミアム」、「サブスク」、「AR/VR」、「AI」、「CVC」あたりを、とにかくやらないといけないと考えた企業があるようだ。
この点、紳士服のAOKIは「シェアドエコノミー」「サブスク」ということで、紳士服のレンタル事業を考えたが途中で採算が合わないと気が付いて止めたという。紳士服の場合には、ネットフリックスと違って、倉庫とか物流という物理的なコストが嵩むので収益性が落ちるし、そもそも紳士服のレンタルサービスの需要がどれほどあるのかが疑問だということだ。
アメリカで流行ったからといって、日本で成功するとは限らないし、業態によってビジネスモデル、収益構造が異なるので、流行のビジネスを導入するに際しては自社ビジネスの構造と新規事業の潜在市場をもっと厳密に分析しなければうまく行かないことが多い。
③シナジーのウソ?
これは、M&Aの世界でよく言われる話であるが、新規事業についても同様である。新規事業は自社が独自に創り上げる場合もあれば、外からM&Aで事業(企業)を買収してから始めるケースがある。
ところが、会社が想定するシナジーはその関連性が薄い場合が多く、買収後に買収プレミアムを回収することは容易ではない。
日経ビジネスでは、ライザップのケースが紹介されていた。有名な事例としては、ジーンズメイトの買収であり、ライザップで痩せてから、細めのジーンズを買いにジーンズメイトに行こうというのは少し無理があるのではないかということだ。
2. 新規事業に従事することによって得られるスキル
以上では、新規事業のネガティブな面ばかりを取り上げたが、従業員サイドからすると、新規事業に参画した場合に、どのようなスキルが得られるであろうか?
①会社設立、営業譲受等の手続的なノウハウ
これは、新規事業の器をどのようにして作るのかという、手続き的・会社法的なノウハウである。また、稟議とか社内調整といった社内スキルも付随するだろう。
無いよりはあった方がいいが、これは形式的表面的なスキルであるので、大きな付加価値にはならないだろう。
②リーダーシップ経験
新規事業というと、従来の業務とは異なる人々が絡んで、利害が錯綜する中、新規事業を進めなければならないので、強いリーダーシップが要求される。それを経験できるというのは悪い話ではない。
もっとも、それはプロジェクト・マネージャー等に当てはまる話であって、単に言われるままに動いていただけでは大して得られるスキルは無いだろう。
③新規事業に関連する業界・事業に関する知識、経験
新規事業というのは本業とは異なるカテゴリーの事業であろうから、新しい業界・事業に関する知識、経験を身に着けることが出来る。
例えば、フィンテック関連だと、銀行員が「ロボアドバイザー」事業に参画した場合には、資産運用業界、証券業界、Webビジネスに関する知識・経験をある程度習得することができる。これは、銀行業をやっているだけでは得られないものであり、この分は確実にプラスと言えるだろう。
④新規事業についてレジュメに書けること
形式面であるが、実はこれが結構重要かも知れない。実態は、新規事業プロジェクトの端っこで座っていただけかもしれないが、レジュメに書くと市場価値は上がるかも知れない。
何故なら、どこの企業も新規事業を遂行できる人材は欲しいからである。
もっとも、自らがリーダーシップを発揮していないと、転職してメッキが剥がれた場合には痛い目に会うかも知れないので要注意である。
3. 就活・転職で「新規事業」に飛びつくべきか?
①まずは自らが起業してみてはどうか?
実は新規事業というのは、特有の普遍的なスキルが身に付くわけではない。
従って、本当に自分に新規事業が向いているのかを吟味した方が良い。
本当に新規事業が好きで自信があるならば、自ら起業をするのが良いのだが、何故そうしないか、出来ない理由を自己分析した方がいい。
そこまで新規事業にこだわりが無い、或いは、今は自信が無いが将来は興味があるという場合、とりあえずCXOを目指すということで、経理・財務(CFO)、人事・労務管理(CHRO)、法務・知的財産(CCO)のいずれかに就いて専門性を磨いた方がいい場合がある。
②ベンチャー企業を考える
ここでいうベンチャー企業とは、楽天、サイバーエージェント、メルカリのような既上場の大手企業ではなく、従業員が10人未満の本当の、スタートアップベンチャーである。
そうすると、否が応でも自分が一人で多くの業務をこなさないと行けないし、新規事業ということになると、嫌が応でも自分も参画できる。
いきなり就活で(本当の)ベンチャーというのは抵抗があるだろうから、そういう場合には、パッションナビでベンチャー企業のバイトを見つけて、学生時代にどっぷり浸かってみるのも良いだろう。
いずれにせよ、「新規事業」というのは響きが良いし、ニーズも高い分野であるが、ネガティブな面も企業が気づき始めるであろうから、自分の勝算を冷静に分析してから参入するのが良いだろう。