1. 渉外弁護士とは
渉外弁護士とは、国際的なビジネス法務に関する業務を基本的に行う弁護士を言う。「渉外弁護士」という別の資格とかがあるわけではない。
「渉外」といっても純粋に国内系の案件を扱うことも少なくなく、大手の外資系及び国内系の企業をクライアントとする、大手法律事務所という見方もできる。
優良なクライアント、優良な案件を扱うことができるのは、大手の渉外事務所であり、
〇西村あさひ法律事務所
〇アンダーソン・毛利・友常法律事務所
〇長嶋・大野・常松法律事務所
〇森・濱田松本法律事務所
の4つの法律事務所が規模においてもステータスにおいても別格であり、四大事務所という言い方をすることもある。四大事務所の場合、フルラインのリーガルサービスを提供しているが、特に金融部門とM&A部門が稼ぎ頭であるという傾向が見られる。
四大事務所の場合は、国内/海外双方のクライアントである大企業からの信頼は厚い。例えば、外資系企業の場合には法律事務所と新たに取引を開始する場合には通常本社法務部門の承認が必要であるが、四大事務所の場合には比較的簡単に承認をもらいやすい。
また、これらの国内系の四大事務所以外にも、ホワイトケース、リンクレター、モリソン・フォースター、モルガン・ルイス、クリフォードチャンスといった外資系の渉外弁護士事務所も存在する。
2. 何故、渉外弁護士が注目されるのか?
その理由は単純で、スケールの大きい企業案件に参画することができ、一般的な個人経営の弁護士よりも遥かに高額の年収を得ることが可能(だった?)だからである。
また、事務所に入社後、海外のロースクールに留学することが一般的なキャリアプランとされている。このため、30歳を過ぎてから司法試験に合格したような場合は難しく、若いうちに司法試験に合格することが求められている。
旧司法試験時代においては、若年(24~25歳位まで)に司法試験に合格できたのは東大法学部出身者が大半であったことから、事務所への新規入所者の八割位が東大法学部卒という時代があった。(法科大学院制度になってから、東大法学部のシェアは下がったようだが)
このため、一般的に、渉外弁護士は弁護士の中でも「超エリート」として知られている(いた?)。
3. 渉外弁護士の年収水準について
リーマンショック後は、概して弁護士の年収は低下したと言われているが、渉外弁護士の初年度の年収についてはそれほど下がっていないようである。
初年度の年収は1000万円を上回る。基本給に加えて年1回のボーナスがあるので、1200万円位のスタートとなる。
そこから数百万円ずつ増え続け、入所4~5年目位で年収1800万円位にはなる。事務所と景気動向によっては、この段階で年収2000万円を越える場合もある。
但し、昔(リーマンショック前頃から)と違って、大変なのはここから先である。
昔であれば、ほぼ全員がアソシエイトからパートナーに昇格することができた(35歳位)のだが、最近は入所者が増え、5~6人に1人位しかパートナーになれなくなったと言われている。
このため、30台のアソシエイト時代は年収2500万円位で頭打ちになってくる。このあたりの年収水準は、事務所、専門分野、景気動向によって違いはあるものの、年収3000万円のハードルは高い。
そして、パートナーになれるにしても、従来よりも時間がかかるので、ようやくパートナーになれたとしても40歳位ということもある。(どこの世界でも、上が詰まっているので、なかなか空きができにくい状況)
但し、パートナーになれれば年収は4000万円スタートであり、そこから先は、60歳位まで高年収が期待できそうである。もちろん、業績が良ければ年収1億円超えは十分可能である。弁護士の場合は、外銀のように45歳定年ということはなく、ある程度年を取っている方がクライアントの安心感もあるので、長く稼ぐことができるのが強みである。
もっとも、注意しなければならないのは、パートナーといっても開業医と同様に経営者であるので、高年収というのはパートナーのチームが稼げることが前提になっているので、そこはサラリーマンの世界とは異なる厳しさがある。
このパートナーになれるかどうか、パートナーの最低保証年収といった制度は、事務所によって異なるので要注意である。四大事務所のうちのある事務所は、パートナーには年功序列でなれるが、その代わり、年俸はフルコミッション制に近く、下手をするとアソシエイトよりも少ない(年収2000万円以下)ケースも有り得るので、パートナーになっても頑張って稼がなければならない。
3. 渉外弁護士のキャリアプラン ~社内弁護士への転職はどうか?~
アメリカのローファームもそうだが、パートナーになれないアソシエイト弁護士は、肩叩きをされる前位から、社内弁護士(インハウス)への転職活動をし始める。
リーマンショック前は、外銀で社内弁護士の好条件のポジションがいくらでもあったので、四大事務所のパートナーよりも高額の年収を実現できるケースもあった。例えば、大手外銀の法務部長(General Counsel:MD)の場合であれば、年収1億円越えは珍しくなかった。しかし、今だとそこまでの年収水準は難しく、また、空きポジションも簡単には見つからないと思われる。
また、外銀以外の外資系メーカーや国内系企業の場合には、部長クラスのポジションでも渉外事務所のアソシエイトに満たない年収しか期待できない場合が多い。外資系製薬会社の場合には、日本の弁護士資格を有する法務スタッフを割と積極的に採用しているようだが、法務部長クラスで年収1800万円位のポジションも少なくないようである。
もっとも、GAFAMの様なIT系企業は概して給与水準が高く、社内弁護士に高給を支払うケースも散見される。例えば、四大事務所出身の30代の弁護士のケースで、RSUを含めて年収3千数百万円というのがある。グローバルの勝ち組IT企業は今後も成長し続けることが見込まれるため、将来的には、外資系金融よりも外資系ITの社内弁護士が憧れのポジションになるかも知れない。
また、国内系企業においては、グローバル電機メーカーや総合商社等が比較的多く日本の弁護士資格保有者を採用しているが、年収水準は他の社員とほとんど変わらない場合も多いようだ。
もっとも、ワークライフバランスについては、社内弁護士の方が労働環境(労働時間)は格段に良いので、お金よりもそちらを求めて転職するケースも珍しくない。
<社内弁護士の年収等について>
https://career21.jp/2019-02-01-070152
4. 一般の個人相手の事務所を開業することは可能か?
渉外事務所でパートナーへの途を止めて、個人の一般民事事務所(いわゆる街弁)に転身することも可能である。
しかし、一般民事事務所だと、債権回収、離婚、相続、交通事故といった分野を広く扱うわけで、渉外事務所で培った経験はあまり役に立たない。
また、元渉外事務所勤務というのが一般個人に対して金看板になるわけではないので、仕事は既存の街弁と取り合いということになる。
現状では、街弁の場合だと売上ベースで1500~2000万、年収(所得)ベースで1000万円程度を稼げれば御の字であり、渉外事務所の初年度の年収を実現することすら簡単ではないだろう。令和2年の司法試験合格者数は1500人を若干下回る水準であり、ピーク時の2000人からは減少しているものの、まだまだ今後も継続的に弁護士の総数は増え続けると予想される。また、少子高齢化や、中小企業の後継者難の問題等があり、顧客層が変化していくと思われる。そうなると、フリーランス、ネット系の個人事業者・ベンチャー企業といった新しいクライアント層を取り込めるかどうかが成功のカギになるのではないだろうか?実際、マーケットは既に飽和状態と言われる税理士業界でも、若手の起業家や個人事業者を中心の取り込み、成功を収めている若手の公認会計士・税理士もいる。市場の大きさ自体は楽観できないが、やり様によってはチャンスはあるかも知れない。
もともと渉外弁護士を志望する人達が、一般個人の仕事をしたいかどうかという問題はあるかも知れないが、将来的には街弁としての独立も選択肢の1つとして考えてみるのもありだろう。
5. どういった人が渉外弁護士に向いているのか?
まずは、法律科目が超得意であり、新司法試験は楽勝で、どれくらいの順位で合格できるかが課題というレベルに人に向いている。法科大学院は東大法科大学院か悪くても京大か一橋の法科大学院、或いは最近だと予備試験経由でサクッと新司法試験に合格できるような人である。四大事務所に入るためには、在学中とまでは言わなくとも、法科大学の1年時には予備試験に合格しておいた方が良いという話も聞く。そうなると、大学入学早々、予備試験を目指して予備校通いをすることになってしまう。
そうじゃないと、渉外事務所に入ってからの激務に耐えられないし、パートナーになるための所内政治(如何にパートナーに好かれるかは一般企業と同じ)まで対応する余裕がないからである。
渉外事務所のアソシエイトは激務であり、朝は10時位で良いが、夜はエンドレスで明け方2~3時は当たり前。土日も片方は出所するというレベルである。外銀・外コンの若手と同じであるが、渉外弁護士は6年でVPとかマネージャーにはなれないので、大変である。
その代わり、パートナーまで辿り着くと、渉外事務所のパートナーというステータスと生涯賃金20億円以上というお金の両方を手にすることが出来る。ある意味、外銀MD以上の勝ち組である。
このように、一般人からは理解しにくい特殊な世界であり、法科大学院の試験に合格できるかとか、新司法試験に合格できるかに不安があるような人には、あまりおすすめできない世界である。
6. 渉外弁護士の今後
2020年の年初にコロナウイルスの問題が発生し、世界経済全体に極めて大きな影響を及ぼしている。2021年には、ワクチンが世界中で浸透し始め、収束の期待も高まったが、変異種が猛威をふるい、2021年8月時点で収束はまだまだ見えない状況にある。従って、景気のV字回復は到底期待できないのではないか。
雇用状況にもネガティブな影響を与えるリスクが十分にあり、23卒以降の新卒採用枠は削減されるのではないかという懸念も払拭されない。そうなると、トップ就活生に人気のあった外銀・外コン・総合商社も採用数を減らす可能性があり、東大生の間では人気は下降気味であった弁護士が再注目される可能性もある。
ワークライフバランスや競争の厳しさ、過去との年収水準との比較からすると、今後は必ずしも優秀層は渉外弁護士を目指すとは限らない。他方、いわゆる街弁にもITベンチャー経営者、フリーランス等の未開拓な市場も残されていると思われる。
さらに、まだまだ少数派であるが、大手渉外事務所から起業家を目指す弁護士もいる。リーガルテックという分野がベンチャー界隈で注目されており、今後市場ができるかも知れない。起業家として成功する弁護士が出てくると、若手弁護士や学生にとってキャリアプランが拡がるかも知れない。
そうなると、東大法学部等のトップクラスの法学部生の間で、法曹への途が見直されるようになる可能性もあるのではないだろうか。