フィンテック時代に金融機関が実店舗を持つ意味は何か?

1. ネット化社会において、金融機関の実店舗は必要か?

ネット証券が登場してほぼ20年。ネットでの株取引やネットバンキングはすっかり浸透し、スマホでも操作できるようになっている。
AIとかフィンテックとかが叫ばれるこの時代において、銀行や証券会社が実店舗を持つ必要はあるのだろうか?

確かに、証券会社では株取引では手数料が格段に安いネット取引がすっかり浸透しているし、国債や社債などの債券の取引は電話でも可能なので特に来店する必要はない。
投資信託は受け身のネット取引だと売れないから、営業マンが勧誘する必要があるわけだが、それは電話だったり顧客訪問がメインであり、来店してもらう必要は必ずしもない。

機能面、実用面だけを考えると、金融機関が実店舗を持つ必要はないかもしれない。
しかし、これはネットが浸透したから(紙の)新聞は不要だという議論と似ている。
また、アマゾンが浸透しているから、街の書店は不要になるという議論とも似ているだろう。

2. それでも、実店舗の存在意義は残っている。

すでに不要のように見える実店舗であるが、今日でも存在意義は残っていると思われる。
第一の理由は、高齢化だ。日本の金融資産の約六割は六十歳以上の高齢者が保有している。当然、証券会社の顧客層もこれとパラレルで、どんどん高齢化していく一方だ。高齢者ほどネットのリテラシーは低く、実店舗があればそこに行って用事を済ませたいという人はまだ存在している。

また、高齢者の場合にはすでにリタイアした人も少なくなく、実店舗に足を運ぶことはそれほど面倒でないということも言えるだろう。
これは、新聞がなくならない理由と似ているのではないだろうか。

でも、これだけの理由だけでは実店舗の存在意義としては弱い。他にも理由はあるはずだ。何故なら、2000年以降、野村や大和などの大手証券会社はネットの浸透にも反して実店舗を増やしているのだ。

例えば、この写真の立派な店舗は野村證券の田園調布支店であるが、こちらは2008年開設で比較的新しい店舗である。

思うに、証券会社の実店舗の最大の存在意義は「おもてなし」ではないか。
例えば、本屋に行く場合、買うべき本は予め決まっていなくても本屋に行って本を眺めてから買う本を決めるという行動を取る人は少なくないだろう。

証券会社も一緒で、買う銘柄とかは決まっていなくとも、実際に店頭に赴いて店頭で株価ボードを眺めたり、店頭のセールスに相談して銘柄を決めようという顧客も存在するのだ。その場合、証券会社の店頭に行くこと自体が苦にならない、楽しいということが必要であろう。

この写真の田園調布支店は東急東横線の田園調布駅から徒歩0分の好立地のショッピングセンターの敷地内という極めて便利な場所にあるおしゃれな店舗だ。
ネット取引だけで用事は住むのであるが、お金と暇があれば、こういった店舗にもたまには行ってみたくならいないだろうか?

もちろん、紙の新聞もすぐにはなくならないとは言われているが、ゆっくり少しずつ減ってきている。証券会社の実店舗もそのうち減っていくのだろうが、それにはかなりの時間を要するのではないだろうか?

だから、フィンテックのベンチャー企業もこういったことを踏まえて気長に勝負しないといけないことを覚悟したほうがいいかもしれない。