1. 経団連会長が「終身雇用を続けるのは難しい」と明言
平成31年4月19日、経団連の中西会長は、経済界は今後終身雇用を続けていくことは難しく、社会のシステムをそれに応じて変革していく必要がある旨述べた。
本来、終身雇用というのは法的な義務ではないが、経団連に属するような典型的な日本的な大企業は基本的に、終身雇用に沿った雇用システムに立脚した運営を行っている。
もともと、少子高齢化による国内市場の縮小と、日本企業の国際的競争力の低下から、日本企業は終身雇用を続けることは無理なのではないかと識者はうすうす気が付いていたのだが、経団連会長が正面から「終身雇用終了宣言」ともとれる発言をしたことのインパクトは大きい。
2. 終身雇用終了宣言によって、今後予想される動きについて
もちろん、経団連会長が終身雇用終了宣言をしたからといって、すぐに日本の大企業が雇用システムを変更するわけではない。
しかし、長期的に法令やビジネス慣行といった雇用インフラが長期的に変化していく可能性が高いであろう。
そもそも、終身雇用の継続が無理だという背景は、日本企業の競争力、収益力の長期的・将来的な低下によって、割高な高齢者を定年まで支える企業体力がないということである。
また、国際競争力や成長性を維持していくためには、若くて変化に対応できる優秀な人材が不可欠となるので、中途採用でそういった人材を取り込むことができるインフラが必要になってくるということである。
まとめると、以下のような方向性になっていくと予想される。
〇高齢者(特に50歳以上)の給与の低下と60歳より前の段階での退職
〇中途採用に向けての人材流動化の促進
⇒解雇・リストラをしやすくするための法制度の改正
⇒優秀な若手社員の給与水準向上の可能性
〇終身雇用を前提とした退職金・企業年金制度の変革
⇒退職金の前払制や確定拠出年金制度の活用
〇新卒一括採用制度の変更
⇒通年採用の促進
⇒新卒の初任給等の雇用条件の多様化
3. 東大生(法学部、経済学部等文系の場合)の就活における企業選びへの影響
経団連の終身雇用終了宣言とそれに関する新卒採用制度の変更については、直ちに就活への影響が出るとは限らないが、長期的には確実に企業選びについても影響が出るだろう。
ここでは、東大生(法学部、経済学部等の文系学部)が就活の対象とするような業種・企業に絞って、その影響を考察したい。
① メーカーについて
<東大経済学部生の就職先企業>
http://www.student.e.u-tokyo.ac.jp/gakubu/shinro.html
東大の場合、卒業生の就職先の開示が余り良くなく、具体的な就職先企業については上記リンクの情報があるのみである。
これを見ると、東大経済学部生の場合、金融、コンサルを中心としたサービス業が多く、いわゆる経団連企業のメーカーにはあまり就職していないことがうかがえる。
メーカーの場合、給与水準は金融などと比べて劣る反面、終身雇用や年功序列による50代になってからの処遇の良さが特徴である。
このため、今回の終身雇用終了宣言の影響を大きく受けることになる。
メーカーの場合、若いうちの給与水準が低いが、年功序列による将来的な給与の上昇と終身雇用の保証というリスクの低さが強みであったのだが、それが今後は約束されなくなってしまうというのだ。
そうなると、今でも東大の文系学生の間では人気が余りなさそうなメーカーは、ますます人気が無くなって行くのではないだろうか?
上のリンク先のデータから、東大経済学部生の就職実績のあるメーカーで、終身雇用終了宣言の影響をネガティブに受ける可能性のある企業としては、以下のものがあげられる。
・清水建設、大成建設(ゼネコン)
・クラレ、住友化学、東レ、富士フィルム、新日鉄住金、三菱電機、日立製作所、いすず自動車、スズキ、住友電工、トヨタ自動車、ヤマハ発動機
この中では、給与水準が比較的高い富士フィルムやトヨタへの影響は比較的軽微かも知れないが、それ以外の素材系、電機系メーカーは東大生(文系)の新卒採用は難しくなるのではないだろうか?
② インフラ系
役員の東大比率が高い、インフラ系企業である。
インフラ系企業は、典型的な年功序列、終身雇用型の業界であるので、経団連の終身雇用終了制限の影響をネガティブに受けるのはメーカーと同様である。
しかし、メーカーと比較すると相対的にはその影響は緩やかかも知れない。
何故なら、インフラ系企業はメーカーと違って、少子高齢化に伴う国内市場縮小の影響は受けるものの、国際競争にはさらされないからである。
また、少子高齢化といっても、東京を中心とする首都圏の人口は増え続けているので、首都圏を基盤とするインフラ、例えば、JR東日本、東急電鉄、東京ガスといったところはまだしばらく大丈夫だという考えもあるかも知れない。
影響があるとすると、東大生が得意である地方の電力会社等である。
Uターン就職の切り札的企業なのであるが、今後は慎重に考えた方がいいかも知れない。
なお、東大経済学部生が就職しているインフラ系企業としては、以下のものがあげられる。
・西部ガス、KDDI、NTTドコモ、川崎汽船、JR東海、東急電鉄、日本航空他
これを見ると、東大経済学部からのインフラ系企業への就職者は思った程は多くない。意外なことに、関西電力、中部電力、北陸電力等の地方の電力会社への就職者は見られなかった。東大経済学部生は、このあたりの将来性を見通していたということだろうか。
③ 金融について
東大の文系学部の民間企業におけるトップシェアは金融だろう。
国内系の金融機関も基本的に首切りやリストラは行わず、年功序列・終身雇用型の企業が多いが、業界によってその対応は若干異なる。
例えば、メガバンクの場合は60歳までの雇用を保証してくれない。50歳を過ぎると出向に出され、途中までは給与差額を補填してくれるが、50代後半になると給与補填がなくなり、事実上給与は大幅に低下する。
また、大手信託銀行は60歳まで働くことが可能であるが、55歳の役職定年で給与水準が何と半分になってしまう。その意味で、メーカーやインフラ系のような終身雇用ではない。
もっとも、大手証券会社、大手生損保は銀行のような出向先や子会社の受け皿が大きくないので、60歳まで雇用が保証される。もっとも、55歳とか57歳の役職定年の際には年収は2~3割はダウンする。メガバンクほどドラスティックではないが、50代後半にはある程度厳しい制度が既に採用されている。
今でも、東大生の場合には、メガバンクや大手生損保の総合職は、外銀・外コンや国内系金融のコース別採用から内定をもらえなかった学生がとりあえず就職するという位置づけになっているようだが、今後はその人気はじわじわと低下していくのではないだろうか。
特に、証券会社、生損保は、野村證券、東京海上日動火災、日本生命という業界企業の給与水準が業界内で突出しているので、2番手以降の大手金融機関は厳しくなるかも知れない。
④ 外銀・外コン
東大文系の学生の間でもっとも人気が高く、難易度が高いのが、この外銀・外コンである。これらの業界は終身雇用どころか、新卒で入社しても3年後には半分以下しか残っていないような業界である。
学生もそんなことは承知の上で、短期間でスキルを身に着け、転職前提で入社しているのである。このため、終身雇用の廃止のネガティブな影響は受けない。
日本企業の終身雇用が崩れていくからといって、直接的に外銀・外コンの給与水準が上がったりすることは無い。しかし、国内大手企業の人気が相対的に低下していけば、その分、こちらの業界に流れてくるので更に難化していくことが考えられる。
⑤ 総合商社
今回の経団連の終身雇用終了宣言の影響が微妙なのが、総合商社である。
総合商社は国内系企業の中では最も人気が高く、外銀・外コンに準じた就職難易度を誇る。
しかし、総合商社は典型的な年功序列・終身雇用型の企業である。Windows 2000
とも言われるように、総合商社の場合、50歳を過ぎて窓際社員になっても2000万近い年俸が保証されるという特徴がある。
他方、金融やコンサルのような持ち運びができるプロフェッショナル・スキルが習得できるわけでは無いので、40歳を過ぎると特に転職は難しくなる。
このため、50歳を過ぎても高年収が保証されることが将来廃止されたり、転職力の弱さを考えると、総合商社の人気は低下していくと考えられる。
他方、総合商社は完全な経団連企業であり、三菱商事と三井物産の会長が経団連の現職の副会長である。従って、このような方向性は百も承知であり、何らかの手を打つことも考えられる。
例えば、50歳以上の年俸水準を1割下げる代わりに、20代の社員の年俸水準を更に上昇させるとか、中途採用で特定の専門性を有する人材には特別高い年俸を支払うといったものである。
一律に20代の社員の年俸を引き上げても余り意味がないかも知れないので、新卒よりも中途採用を重視し、デジタル・フォーメーション要員には20代で1500~2000万円程度の年俸を提供するという施策の方がいいかも知れない。
現時点では、外銀と総合商社のダブル内定者は、結果的に総合商社を選択する者が多いようだが、今後の動向が注目される。
⑥ ベンチャー企業
なお、ここでいうベンチャー企業は既上場のある程度の大手ベンチャーに絞って考える。
本来であれば、終身雇用廃止の方向が促進されると、その真逆とも言える大手ベンチャー企業が人気が出ても良さそうだが、必ずしもそういう方向には行かないのではないだろうか。
というのは、過去に大手ベンチャー企業に就職した者が、それほど正しい選択であったとは思われていないことだ。5年程前に、DeNA、グリー、サイバーエージェントあたりの大手ベンチャー企業が人気で、東大からも多くの者が新卒で採用された。しかし、サイバーエージェントは今でもそれなりだが、DeNAとかグリー等は低迷しており、東大経済学部の平成30年3月卒業者の就職先には、こういった企業は見られないからだ。楽天、ヤフー、LINE、メルカリとこういった企業への就職者もいないようだ。
また、こういった大手ベンチャー系企業の年収水準は必ずしも悪いわけではないが、東大生が行くような金融・コンサル・マスコミ等と比べると大きく見劣りするからだ。
ここのベンチャー企業が日本の産業界の将来を担うわけなので、新卒採用でいい人材を採るべきなのだが、いかんせん、今の若者は若い時の給与水準を気にするようなので、年俸水準を何とかしないと厳しいだろう。
この点、メルカリのように、経歴・技能によっては新卒でも年収800万円位を用意すれば違ってくるかも知れないが、こういった社員はプログラマー系の人材なので、文系だと難しいかも知れない。
⑦ GAFA、外資IT系
給与水準の高さとフレキシビリティ、将来の転職能力等を考えると、東大の文系の学生が見るべき業界はここではないだろうか?
外銀・外コンは採用数が限られ、多くの者が落とされてしまうのだが、そういった場合には、国内系金融機関に行く前に、こういった業界を検討してもいいのではないだろうか?
もちろん、GAFA等は金融機関やメーカーのように、東大生だから優先的に採用してくるわけでは無いし、難易度も高い。
しかし、日本IBM、オラクル、日本マイクロソフトあたりまで拡げてみると、可能性は拡がるのではないだろうか?
これらは、当然終身雇用前提でなく、将来の転職を前提にしたキャリアプランである。
⑧ 弁護士人気の復活?
東大文系、主として東大法学部の話であるが、歴史的に最高のキャリアが司法試験合格⇒弁護士(法曹)というものであった。
しかし、司法制度改革に伴う弁護士数の急増とそれによる弁護士の待遇の悪化に伴い、必ずしも弁護士になることが東大生の中での最高の勝ち組ではなくなっている。
大手の金融機関やメーカーが終身雇用を廃止することによって、弁護士の待遇が良くなるわけではないのだが、プロフェッショナル・スキルがある、定年が無いということから、相対的に見直される可能性はある。
新司法試験の受験者数が減少傾向にあり、新司法試験の合格率が30%を超えてくるとなると、ある程度、東大法学部生の中における弁護士人気が少し上昇するかも知れない。
最後に
経団連の終身雇用の廃止宣言は極めて重要なテーマであり、既に新卒採用の在り方にも影響を与えようとしている。既に就活ルールは廃止が決まっているので、就活戦略の見直しは不可避である。
最初の就職先(ファースト・キャリア)はその後の転職や留学等に直接影響するので、長期的視点に立った戦略的なキャリアプランの策定が重要になってくる。