1. サイバーエージェントとその他の大手ベンチャーとの違い
1999年の東証マザーズの創設以降、波はあるが、数多くのネット系ベンチャー企業が上場を果たした。
しかし、いわゆる「上場ゴール」の会社が多く、上場後も継続的に成長を継続できているのは、ほんの一握りの会社だけである。
実際、時価総額、売上・利益といった定量的な観点で考えてみると、ヤフー、楽天、サイバーエージェント、LINE、ZOZOあたりは今でも順調で大きな存在感を有しているが、
一時的には大きな期待感がありながら、成長が継続せず、現在は業績・時価総額ともに低迷している大手ベンチャー企業は少なくない。
特に、DeNA、グリー、Mixi、コロプラ、ガンホー、Klab、gumiといったゲーム関連企業の苦戦が目立つ。
また、クックパッド、リブセンス、ライフネット生命など、存在感のある経営者が存在するにも関わらず、苦戦している企業も少なくない。
そうした中、サイバーエージェントは2000年に上場した際には、わずか45人の社員数で利益は赤字であったが、その後は苦戦した時期もあったが、基本的に成長を継続し、2018年度においては、売上4195億円・営業利益301億円、連結役職員数はほぼ5000人と巨大な企業になっている。
2. ベンチャー企業には「人」しかないと言うが…
もともとベンチャー企業の経営資源は「人」しかいない。サイバーエージェントも18年前に上場した当時は、ヒトもモノもカネも、ほとんどない状態からスタートしているのだ。
設立当初は、ネット広告代理店事業だけであったが、その後、FX事業と投資事業でコツコツと稼ぎながら、アメーバ事業に巨額の投資を行い、メディア事業に進出し何とか黒転させ、いち早くスマホシフトを実行し、アプリを大量に開発し、Cygamesという稼ぎ頭となるスマホゲーム子会社を起ち上げ、そして、今はAbema TV事業に挑戦しようとしているのだ。
栄枯盛衰が激しいネットビジネス界において、うまく、旬の事業のビジネスチャンスを掴み取り、着実にものにしているのだ。
他方、携帯ゲーム事業の利益率と利益額の凄さに、当時藤田社長も「うらやましい」と言っていたDeNAとグリーは、未だにゲーム事業以外の収益の柱を見つけることができずに苦しんでいる。
この違いが生じるにはいくつかの理由があるのだろうが、人事部門の機能・役割がその主たる原因の一つと考えられる。
3. 戦略人事と機能人事
サイバーエージェントの人事部長である曽山氏は、人事部のレベルについて、「戦略人事」と「機能人事」という言葉で表現している。
「機能人事」というのは、普通の会社の人事部門がこれに該当するが、採用、給与、労務といった人事本来の仕事を対応する人事を言う。
これに対して、「戦略人事」というのは、機能人事に加えて、経営戦略遂行の役割を果たすことができる人事のことである。
「戦略人事」は、「人事は人で業績を上げる部署だ」という哲学の下、社員に高いやる気をもって働いてもらい、企業が成長し続けるための、仕掛けを作っていく人事なのである。
人事は、経理や法務と同様、コストセンターの一部門であるという認識が一般なのであるが、曽山氏は、経営戦略を遂行するためのプロフィットセンター
として捉えているのである。
4. そもそも大半のベンチャー企業は「機能人事」すら不十分では?
サイバーエージェントの成功事例を参考に、「戦略人事」を目指したいベンチャー企業の経営者はいるかも知れないが、そもそも、それ以前に「機能人事」すら不十分な企業の方が多いのではないだろうか?
すなわち、「採用」がまともにできない。ベンチャー企業なので給与面で劣るのは仕方がないが、それに代わるストック・オプション等のインセンティブ・プランも無くして、「最高の人材に拘る」と標榜していないだろうか?
また、レジュメが集まってきても、「年齢」と「転職回数」だけで門前払いをしていたりしないだろうか?
更に、ベンチャー企業についてVorkersなどで退職の理由を見てみると、「評価」に対する不満が少なくない。「評価」については何を基準に評価しているのだろうか?他社の制度をそのまま持ってきているだけであったりしないだろうか?
また、新卒と中途採用の待遇の差が不公平と言う意見も一般的に多く見られるが、そのあたりに対する対応策は取られているだろうか?
退職者に対する退職理由の適切な把握と、それを今後、活用していくための仕組みはできているだろうか?
以上のように考えると、「人が全て」と言いながら、不十分の人事部門、不十分な人事制度しか無い状態を放置している経営者が少なくないのではないだろうか?
「戦略人事」を採用する以前に、「機能人事」が適切に機能していないと、そこから先は到底不可能である。
5. 戦略人事実現に向けてしなければならないこと
①コミュニケーション・エンジンとしての役割
本書において、曽山氏は現状の人事制度を構築するためのプロセス、苦労話を具体的に紹介しているが、その中で、注目されるのが、人事部は「コミュニケーション・エンジン」にならなければ存在価値は無いということである。
これは、経営陣の考えと現場の解釈との間には、組織が大きくなればなるほど乖離が生じるものであるが、人事部門がその間に入ることによって、その乖離を最小化しようとすることをいう。
具体的には、人事部門は経営陣と密なコミュニケーションを取り、経営陣の考え方を人事部門はわかりやすくかみ砕いて現場に伝えるとともに、現場からわきあがってくる声の中からその「本質」を見抜いて、経営陣に提言していくことをいう。
そのコンセプト自体は明瞭なのだが、いざ、これを実践するとなると人事部門の負担は大変で、だからこそ、これは他の企業が容易に模倣できないサイバーエージェントの強さとなっているのである。
②「自爆人事」の防止
曽山氏が留意している点として、「自爆人事」の防止と言うのがある。サイバーエージェントは数多くのユニークな人事制度をその特質としているが、過去には何度も制度を作ったものの全く機能しなかった失敗事例があったという。
例えば、かつて良かれと思って「マッサージ券を配布して、マッサージ店に行くこと」を推奨したところ、当時は忙しくて、「そんなの行ってる時間がないよ!」と反発を買い、即座に失敗したというケースがあった。
また、新規事業プランコンテストの応募を推奨したら、同じように、「忙しいのに、下らないことをやらせるな」という反発を食ったことがあったという。
現場の状況を十分に踏まえないで、人事主導で考えた制度はすぐに失敗してしまうことが珍しくないという。曽山氏はこういった制度の失敗を「自爆人事」と称し、そうならないよう現場とのコミュニケーションを心掛けているという。
サイバーエージェントのユニークな人事制度は、ベンチャー界隈では有名であり、制度を模倣する大手ベンチャー企業も多いのだろうが、制度だけをマネして導入しても、現場を踏まえないと「自爆人事」に陥ってしまうことを踏まえるべきだ。
まとめ
サイバーエージェントが持続的に成長を達成できる原因の一つは、固有の「戦略人事」にあることは間違いないであろう。これは、他の有力ベンチャー企業には無い、固有の強みである。
こういった制度を参考にするべきベンチャー企業は数多くあるのだが、何と言っても、実践するには多大な労力を有する。経営陣と現場とのコミュニケーションを円滑に行わせるには、物凄い数の面談や会食をこなす必要があるが、曽山氏は月間100人と面談をしているという。
これは元トップセールスの曽山さんだからこそ達成可能な芸当であり、並大抵な人では実行不可能である。
曽山さんのような人事マネージャーを見つけることができれば、そのベンチャー企業の未来は明るいのであろう。