1. 東大工学部 VS その他大学の医学部は盛り上がるネタのようだが…
東大工学部に行くのと、それ以外の大学の医学部(他の国公立医学部又は私大医学部)に進学するとどちらが良いかという議論は、Webとか経済誌等で盛り上がるネタのようであり、あちこちで熱い議論がなされているようである。
これが盛り上がる背景としては、本来であれば東大が全てにおいてナンバー1であるはずなのだが、ここ数十年の医学部人気に伴い、国公立の医学部だけでなく私大の医学部も非常に難化したため、非東大が東大に勝てるのではないかという期待感もあって、盛り上がるのだろう。
しかし、興味深いのは、本来であれば学歴(学校名)と医師という職業の魅力との比較になるはずが、難易度や偏差値の上下についての議論が盛り上がっているのだ。
こういうのを見ると、日本人の優秀層というのは偏差値とか受験上の序列が好きなのだなあとつくづく感じる。
しかし、進路を選択するに際してはどちらが難しいとか偏差値が上といったファクターではなく、学歴と卒業後の職業(年収とステイタス)とを比較して総合判断すべきものである。
したがって、ここでは、難易度とか偏差値の上下については触れずに、卒業後の職業(年収とステイタス)にフォーカスして検討していきたい。
2. 将来「やりたいこと」で決めるべきというウソ
①18歳?の時に、将来何がやりたいかなんてわからない
「工学部か医学部か?」という質問に対するアドバイスとして、「自分がやりたいこと」ができる方を選んだら良いというアドバイスをする人は少なくないだろう。一見もっともらしく見えるが、このアドバイスはあまり適切とは思えない。
何故なら、大学を選択するのは18歳(浪人していれば+α)の時だが、社会人経験が一切なく、工学部で研究することになるテーマとかも想像・イメージに過ぎない。従って、18歳に「自分がやりたいこと」で決めろというのは、「よくわからない」と回答するのと実質的には変わらない。
そもそも、40代、50代になっても、自分が本当は何をやりたいかなんて良くわからないものなのだ。
②「やりたいこと」は外部環境に影響される
「やりたいこと」というのは外部環境や科学技術の進展によって左右される。
例えば、高度経済成長期においては、繊維、鉄鋼といった素材や、造船等の重工業は日本が競争力を有していたため、人気のあるテーマであったが、今では人気が無いだろう。
原子力なんて、工学部のトップクラスの学生が専攻したものだが、東電の原発事故や日立・東芝の原発事業の壊滅的な状況を見ると今ではやりたい学生などいるのであろうか?
反対に、人工知能というジャンルは過去2回のブームがあったが、結局空振りに終わったため、長い間日の当たらない、キワ物のような扱いであった。しかし、AIブームの現在においては、大人気であり、医学部以上に稼げる専攻分野となっている。
このように、工学部の専攻の人気度は経済環境、時代の変化によって大きく変わり得るものであり、長期に亘って、やりがいをもって継続できる専攻分野を決めることは難しい。
従って、この意味でも、「やりたいことで決めろ」と受験生に言うのは酷なのだ。
③結局、よくわからなければ、「年収」と「ステイタス」で決めるのが堅いのではないか?
以上のように、例えば、東大工学部とそれ以外の大学の医学部で悩んだ場合、工学部でのやりがいと医者としてのやりがいを比較して決めることはできない。
そうなると、東大という学歴+卒業後の職業と医師という職業を比較する他ないのだ。
日本の場合、お金、要するに「年収」重視で判断するのは敬遠されるので、「年収が医師の方がいいから、特に東大という名前にこだわりがなければ、医学部に行った方が得だ。」と言える人は少ないのではないだろうか?
文系の場合は、結局、「年収」が最重要ファクターになっているので、理系も「年収」で決めても問題無いのではないだろうか?
3. 大手製造業と医師の年収・ステイタスとを比較
①年収面の比較
東大工学部の場合、外銀・外コンに行って年収を追求するという途もあるが、
まだ今のところマイノリティなので、最大手の製造業に就職することを想定しよう。
そうすると、三菱重工等のメーカーでは給与水準がもっとも良いレベルの会社でも、30歳で700万円、1000万円に到達するのが40過ぎ、40代の課長クラスだと1100~1400万円、40代後半で部長に昇格すれば、1400~1600万円というところだろうか。役員に出世できなければ、これで終了だろう。
他方、医師の場合は、勤務医の場合でも30歳で1000万円はもらえる。30半ばで一通り経験を積むと、1500~2000万円は可能であろう。もっとも、勤務医の場合には2000万円のところに壁があり、田舎にでも行かないとこれを突破するのは難しい。
従って、メーカーだとまだ課長にもなれない30代の間に、医師であればメーカーの部長クラスの年収を手にすることができるのである。
また、開業すれば更なるアップサイドを狙うことも可能である。厚生労働省の調べだと、開業医の平均年収は2500万円というのがあるが、だいたいこの種の統計は低めに誘導されているだろう。これが高いと叩かれて、医療費・薬価を下げられてしまうからだ。
メーカーの場合には、金融のように外資系に転職して年収を数倍にするという途が無いので、開業医と比較されると到底追いつけない。
このように、年収を基準にすると、東大工学部を出ても、医師には勝てない。
②ステイタス
東大を出てると言っても、社会人になれば職業とタイトルが全てである。名刺に東大とは書けない。したがって、東大で大手メーカーに行っても、サラリーマンであることに違いは無く、20代から「先生」と呼ばれる医師には負けてしまう。
役員、せめて部長クラスにならないと、ステイタスでも追いつけないのではなかろうか?
以上のように、東大を出ていると言っても、大半が就職する大手メーカーと医師との年収やステイタスを比較すると、医師が有利では無いだろうか?もっとも、これは価値観もあるので、絶対に医師が有利と言い切れるものではないが…。
実は、この議論というのは、非医師同士で盛り上がることが多く、親が医師であれば議論することなく決着は着いているだろう。子供がどちらを選択するかで悩んでいる場合には、医師(非東大)の意見を聞いてみるのがいいだろう。
最後に
非東大の医学部に押されがちの東大工学部であるが、東大工学部にとって明るい話もでてきた。それが、AI、プログラミングのスキルが高い者に対する需要の急増と、ベンチャー起業/フリーランスの地味なる浸透である。
まだまだ少数であろうが、東大工学部の中にも年収を追求しようという優秀な学生が出てきている。アメリカのように、東大工学部が大きく稼げるような社会になった方が日本経済も活性化するだろうから、引き続き盛り上がってもらいたいものだ。
もっとも、2020年2月頃から、世界中にコロナウイルスの問題が拡がり、経済活動にも非常に大きな影響を与えている。当然、一流企業もネガティブな影響を受けるわけなので、工学部を出て一流企業で働くという選択肢に対する新たな不安が生じることになる。
そうなると、ますます安定志向、資格志向で理系の最優秀層が医学部に流れることにもなりかねない。2020年5月時点ではどの時点でどのようにコロナ問題が解決されるのかがまだまだ見えない状況にある。これが、来年以降の受験においてどのような影響を及ぼすかについては、大変気になるところである。