1. 魅力に乏しいベンチャー企業の待遇・雇用条件
1999年の東証マザーズ創設以降、日本でも毎年少なくないネット系ベンチャー企業が上場している。
しかし、米国と比べるとスケール的に遥かに小規模であることは否めず、また、上場後にも成長し続けることができる企業は少数ではなかろうか。
それには、いろいろな理由があるだろうが、人事戦略的には、ベンチャー企業の待遇・雇用条件に魅力が無く、継続的に突出して優秀な人材を採用できないということが言えるだろう。
上場前に段階では幹部社員に対してはストック・オプションの付与という大きな経済的インセンティブはあるものの、上場してしまうと、その威力は無くなってしまうし、全従業員に付与できるとは限らない。
従って、上場後も継続的な成長を実現するためには、ベンチャー企業は何らかの非金銭的なモチベーション向上策を用意しておくことが必要となるだろう。
2. サイバーエージェントの非金銭的なモチベーション向上策
この点、上場後も継続的に成長できているネット系ベンチャー企業としてサイバーエージェントがある。
直近の株安にも関わらず、時価総額は5000億円を越え(平成31年1月7日現在)、従業員は連結ベースで約5000人、利益は300億円規模の企業に成長している。
興味深いのは、サイバーエージェントは決して高給の会社ではないということだ。
メガバンクや大手生損保、マスコミであれば、30歳で1000万円程度には誰でも到達できるが、サイバーエージェントの場合には、30歳で1000万円というのはごくごく一部の社員である。
一般的には、大手金融の8掛け位であろうか。
ネット系企業の間では良い方かもしれないが、学生から人気がある業界と比べると決して高給とは言えない。
それにも関わらず、サイバーエージェントが優秀な学生を大量に採用し、入社後もモチベーションを持って社員が働けるのは、非金銭的なモチベーション向上のための施策が充実しているからだと思料される。
その具体的なものとしては、以下の仕組みが考えられる。
①子会社の役員への早期登用の機会
多くのベンチャー企業は、「新規事業」というものが好きで、学生もこの「新規事業」目当てに、雇用条件で劣るベンチャー企業を選択する場合もある。
ただ、大半のベンチャー企業の場合、「新規事業」といっても、本体で複数のメンバーが参画するため、若手社員は「新規事業」のチームメンバーの一員になれるに過ぎない。
ところが、サイバーエージェントの場合は、エンパワーメントが突出しており入社一年目から子会社の役員に就任させることもあり得る。
もちろん、若手社員は子会社の株式を付与されるわけでは無いので、金銭的にはインセンティブはないかも知れないが、完全に自分が経営者になれるわけだし、タイトルも「取締役」となることは、極めて大きいモチベーション向上策となるだろう。
②20代で本社の役員登用もあり得る徹底した抜擢人事
サイバーエージェントの場合、子会社だけでなく、実力・実績があれば、非常に若いうちに出世をすることが可能である。
20代で本社の取締役や執行役員に選出された事例もあり、徹底した実力主義・若手抜擢人事を実行している。
これは、若くてやる気に溢れた社員からすると、極めて大きなモチベーションとなるだろう。頑張って結果を出せば、20代で本社の幹部になれるのであればわざわざ転職したり、退職して起業しなくても、サイバーエージェントで働き続けることで自分の夢を実現することができるのである。
③ほめる文化、様々な表彰制度
サイバーエージェントの特徴は、とにかく社内の表彰制度が多いということである。
良く知られているのは、半年に一回開催される社員総会での表彰なのだが、それとは別に、各部門が毎月行っている月次の締め会等で、各部門ごとに様々な表彰がなされている。
活躍した人をしっかりとほめることで、表彰を受ける社員本人の満足感・達成感が充足されるだけでなく、他の社員も「次は自分が表彰されたい」という健全な社内競争意識が芽生えるのである。
3. 非金銭的なモチベーション向上策導入にあたっての留意点
まず、何と言っても、これらを実行するというのは、ベンチャー企業であっても、大変手間がかかるし、経営陣がフルコミットしなければならない。
例えば、入社して数年しか経っていない若手社員を子会社役員にするというのは、それなりの優秀な若手が採用できるということが前提だし、バックアップ体制も充実していることが前提となる。
また、日本は妬み・横並び意識が強い社会であるので、周りの社員が納得できるようなフェアな人事制度が確立していなければ、このような大胆な人事は社内的な不満感を増設してしまうことにもなりかねない。
中途半端に、少数の社員を子会社役員や本社の執行役員に登用することによって、他の多くの社員から反感を買ってしまうのであれば、モチベーションのための施策にはなり得ない。
「2駅ルール」など、サイバーエージェントの人事制度を一部取り入れているベンチャー企業は少なくないが、極端な若手社員の抜擢に成功しているベンチャー企業が見当たらないのは、このためだろう。
他方、社内表彰制度については、昇格や金銭的報酬と必ずしも連動していないため、こちらは比較的導入リスクが低いと思われる。
もっとも、継続しようと思えば、こちらも相応の負担は掛かる。
4. ベンチャー企業のモチベーション・プラン
いい人材を継続的に採用しようと思えば、相応の報酬が必要である。
もちろん、この報酬は金銭的なものでなくとも構わない。
しかし、非金銭的な報酬も結局只ではなく、相応のコストがかかるし、一朝一夕で準備できるものではない。
このため、ベンチャー企業はストック・オプションを中心に株式を用いた報酬制度を充実させることが不可欠だ。
そして、これに加えて、非金銭的なモチベーション向上策を実施していく必要がある。
これらが実行できているベンチャー企業はどれくらいあるだろうか?
すぐに思いつくのは、メルカリ位である。
ベンチャーは「人こそ全て」と言いながらも、充実した人事制度を本気で完備しようと考えている企業は極々一部である。
反対に、CEOがそれを踏まえた上で、充実した人事制度を設計できればいい人材をそろえることも可能となる。
その意味では、まだまだチャンスはありそうである。