序. 外部環境の変化に伴う幸福感・満足度の変容
就活における総合商社の人気は東大生の間でも非常に高い。総合商社に内定した東大法学部や経済学部の学生は、それなりに高い満足度・幸福感を持って、就職していくことだろう。
ところが、今までは、入社して3~5年位が経過すると、外資系転職エージェントに転職の相談に訪れる東大法学部又は東大経済学部卒業生が見られるという。
総合商社の場合、入社して3年も経つと年収は1000万円近くになる。世間体やモテ度も高く、一体何が不満で転職を考えるのか一般的には理解しがたいだろう。
その理由としては、下記の通り、渉外弁護士、外銀、成功した起業家という、総合商社以上に成功した同窓生と比べてしまうことが挙げられた。「三菱商事とモルガン・スタンレーに内定して、三菱商事を選択するものはいるが、大抵後悔するだろう。」と言われていたものである。
しかし、2020年の2月頃から騒がれ始めたコロナショックは、あっという間に世界中に拡がり、景気や雇用環境は急速に悪化している。そうなると、不況耐久力が強いのは、何と言っても総合商社のような日本の大企業である。何と言っても雇用が確保されている。他方、不況耐久力が弱いのは、外銀と起業である。もともと、景気に左右され、雇用が全く保証されていない世界なのだが、2013年のアベノミクス以降好況がずっと継続していたため、エリート達も不況への意識が欠け、上ばかり見ていたのかも知れない。
従って、コロナショック前までは、東大法学部や経済学部出身の若手社員は20代後半になると、外銀や成功した起業家を羨んでいたかも知れないが、しばらくは、安定した大企業にいて良かったと思うようになるのではないか?
外部経済環境というのは、幸福感・満足度に大いに影響を与えるものだと痛感した。
1. 四大法律事務所に入所した同期を見たことによる悩み ~東大法学部卒業者特有の悩み~
東大法学部卒業者の多くは、法科大学院(最近では予備試験も?)経由弁護士というキャリアを一度は検討したことがあるだろう。
従来は、司法試験は超難関であり、東大法学部生でも最もあかがれのキャリアであった。
しかし、新司法試験制度に伴う弁護士数の急増と、リーマンショック以降の投資銀行ビジネスの不振・M&Aフィーの単価の低下に伴う渉外弁護士の収入低下等によって、弁護士の魅力は急低下してしまった。
とはいえ、弁護士という資格のステイタスや成功した場合の高収入は、まだまだ消え去ってしまったわけではないので、頭の片隅には「弁護士になっておけばどうだったのだろう?」という思いは残っているかも知れない。
卒業後3年半が経つと、法科大学院経由で弁護士になり、弁護士会のヒエラルキーの頂点である四大法律事務所に入所を決めた同期の弁護士の存在を知る場合がある。
四大法律事務所の場合、今でも初任給は1200万円程度であり、まず、ここで抜かれてしまうわけである。特に、東大生の場合だと、最近では法学部の最優秀層は法科大学院経由ではなく、在学中に予備試験に合格する。そうなると、最短で、24歳で年収1200万円スタートの者も出現する。
そして、入所後3~4年経過した、30歳過ぎの時点で年収は2000万円に到達するものが現れる。
総合商社の場合は、年収1000万円到達は非常に早いが、そこから年収2000万円に到達するのは、とにかく遅い。だいたい、20年後位であろうか?
四大法律事務所は、日本の弁護士界のヒエラルキーのトップであり、気の遠くなるようなハードワーク(総合商社の倍位の労働時間)であり、今ではほとんどの者がパートナーに昇格できない。従って、単純に比べても意味が無いのだが、「弁護士」「年収2000万」と聞くと、負けってしまった気がする、或いは、自分も弁護士になっておけば良かったと後悔する法学部卒もいるのであろう。
今回のコロナショックによって、東大法学部生の間では、外銀>弁護士の流れが逆転し、(渉外)弁護士の途が見直されるようになるかも知れない。
2. 外銀での勝ち組を見た場合の後悔
東大法学部、東大経済学部から総合商社に就職した者の中には、少なからず外銀からも内定をもらっていた者がいる。就職先を決める際には、リスク、ワークライフバランス、業務内容等を十分考えた上で決断したはずなのだが、外銀で成功している同期を見ると、後悔してしまう場合もあるようだ。
すなわち、外銀で最初の3年間はアナリストであるが、アソシエイトに昇格すると、トレーディング部門であれば年収2000万円越えも出てくる。
30過ぎでVPに昇格すると、年収3000万円を越えるコースだ。IBDでもVPに昇格すると、年収3000万円越えの世界となる。(もちろん、そこまで到達できるのは一握りであるが)
それを見ると、50歳を過ぎて取締役にでもなれば別だが、だいたい2000万円、何とか25年後に部長になって3000万に行くか行かないかと言うことを考えると、悩んでしまう者もいるようだ。
ところが、今回のコロナショックによって、金融相場となり、世界的な株高によって外銀を含むグローバル金融機関の業績は絶好調だ。GAFAMのようなITトップ企業との人材獲得競争に勝つために、ゴールドマン・サックスはアナリストの初任給を引き上げるという行動に出た。他の金融機関も追随するだろう。リーマンショック以降、外銀の人気はグローバルで低下気味で、MBBの様な戦コンやIT系企業に押され気味であったが、最近では外銀人気が盛り返してきているかも知れない。
3. 成功した起業家を知ってしまった場合の悩み
これは、上記のパターンとは異なり、同期や先輩に必ず存在するものではない。むしろ、自分達よりスペックが低いと思える起業家のあまりの羽振りの良さを知ってショックを受けるケースである。
もちろん、IPOやそれに近い所まで持って行った起業家は、スペックとか関係なく、凄いなと思えるのであるが、最近では、日本でもIPO以外の方法、要するにM&AでEXITをする起業家が増えてきている。
相変わらずの超低金利、継続的な好景気、そして何よりも大企業の新規事業想像力の欠如によって、ベンチャー企業には過大な資金が流れがちである。
このため、わずか20代で企業売却によって数億円を手にした起業家はちらほら出てきているのである。このような事実を知ると、自分もチャレンジすべきだったのではないかと言う疑問を持つ者もいたのがコロナショックまでの話である。
コロナショックによって、ベンチャー企業や起業家がどのような影響を受けるのかはまだわからないが、リーマンショックの時はベンチャー企業の倒産が激増し、更に、ベンチャー企業に投資をするVCまでもファンディングができなくなり市場から退出したファンドも目立った。
そういう話を聞くと、近年野心家である東大法学部・経済学部生の間で盛り上がっていたベンチャー熱も後退する可能性はあるだろう。
4. 結局は、隣の花は赤い? 或いは、「中の上」から抜け出したい?
総合商社は、あっという間に年収1000万円に到達する。企業ブランドは高く、安定性も抜群である。しかし、アップサイドが限られている。何やかんや言っても「中の上」の範疇である。「中の上」を抜け出して、上の世界に行くためには、最低でも30歳で年収2000万円は欲しい、という贅沢な悩みを持ち始める場合があるのである。
また、これは同じ総合商社でも、他の大学出身者はそれほど持たない、東大法学部・経済学部卒業生特有の悩みなのかも知れない。
5. 悩みを解決するために取り得る選択肢
上記1の、今から法科大学院(或いは予備試験)経由で弁護士になるというのは、時間的に非現実的である。また、こちらの過去記事のケースの様にリスクも非常に高い。
<社会人が法科大学院経由で弁護士を目指して失敗したケース>
https://career21.jp/2018-12-12-092438
従って、とりあえず取り得る選択肢としては以下のものがある。
①MBAに入学する
実際、東大とは限らないが、一流大学一流企業の若手で、米国のトップMBAを目指そうとしている20代は存在する。
ハーバード、スタンフォード、シカゴ、ウォートンあたりのトップ校であれば、アップサイドを狙える可能性はある。
②ただ、総合商社レベルを十分上回るとなると、結局は外銀の一択か?
外コンは、早くて30半ばのプリンシパルクラスで2500~3000万円位であるが、MBA帰りの30歳過ぎアソシエイトスタートだと時間がかかりすぎ、あまりPayしないからである。
しんどい途ではあるが、総合商社⇒トップMBA⇒外銀、というのは見かけも良く、あり得る選択肢であろう。
また、トップMBAであれば卒業生との強固なコネクションが使え、金融以外の外資系事業会社のいい案件が将来巡ってくる可能性もある。リーマンショックの時の様な景気悪化局面においては、外銀は敬遠されがちで、MBBのような戦コンとかGAFAのような好待遇のIT系が米国人のトップ層の間で人気が高まったという。トップMBAを卒業すればキャリアの選択肢は大きく拡がるだろう。
したがって、今からわざわざ準備をしてお金をかけてMBAというのは面倒であるが、やる気力があるのであれば、その価値はあるだろう。
また、総合商社であれば、社費留学を狙うという手もあるだろう。
③中途採用を目論む
結局、年収数千万円が得られる可能性があるのは金融である。したがって、MBAを経ずに、外銀等のポテンシャル採用を目指す方法はある。
しかし、総合商社での職種にもよるが、金融と全く無関係のポジションであれば、20代のポテンシャル採用とは言え、入るのは至難の業である。
外銀が厳しければ、国内系IBDか国内系アセット・マネジメントを狙うという手もある。外銀系よりは可能性はあるだろう。
しかし、ポテンシャル採用ということであれば、なるべく若い段階での方が入りやすいであろう。また、大抵の場合、国内系に行ってしまうと、年収がダウンする可能性は高い。(特にアセットマネジメントの場合)
さらに、アセットマネジメントの場合は、外資系でも比較的高齢なので、VP以上で入社することが賢明であり、そうなると、国内系アセットマネジメントで5年以上の経験を積むこととなり、息の長い計画ということになる。
国内系金融機関であれば、リクルートとかJACあたりに行けば、いろいろ相談に乗ってもらえるだろう。
④ベンチャー・起業関係で勝負する
次はハイリスク・ハイリターンの途ではあるが、まず、ストック・オプション目当てのベンチャー企業への転職という手がある。20代であれば、ベンチャー業界においても総合商社は人気が高く、どこかしら、そこそこのところに入れる可能性はあるだろう。
もっとも、プログラミングができないと、財務、人事、マーケティング等、何らかの専門性が求められるところ、総合商社の本流であるトレーディングをやっていたというのは厳しい所である。
また、年収もステイタスも総合商社と比べると、天地の差があるので、なかなか覚悟を決めにくい。
ストック・オプションが当たるかどうかは、外部環境に大きく左右されるので、自分一人が頑張ってどうこうなる問題でもない。
従って、この選択肢はギャンブルの要素が強い。ましてや、コロナショックが生じた後の環境においては尚更リスクは高まるのであろう。
ベンチャーで他の途はと言うと、自ら起業をすることだ。もちろん、IPOを狙って、エンジニアを雇って、VCからお金をもらってというのは大変だ。自ら小さい会社を起業して、サクッと売却するというパターンだ。
これは今後、極めて有用な選択肢であるが、典型的な大企業である総合商社から、会社を作れと言っても難しい。ただ、これはMBAとか外銀を目指すのと違って、もっと経験を積んでからでも可能だ。しばらく総合商社で勉強しながら、じっくりと準備をしていくことが可能であるので、この選択肢は視野に入れておいても良いだろう。
まとめ. 年収は「学力」だけではない、他の要因によるゲーム
総合商社に入社した、若手の東大法学部、経済学部卒業者の一部に生じる悩みは、年収は学力だけで決まるゲームではないことに起因するフラストレーションかも知れない。
要するに、自分は学力がナンバー1なのだから、年収もナンバー1になりたいということだ。就活レベルまでは、ある程度、学力だけで何とかなるところはあるかも知れないが、年収については、そういうわけではない。
従って、上のNewsPicksの記事でホリエモンがコメントしているように、東大生は、どうすれば「稼げるのか」ということに目を向けないと、年収と言うゲームでは学力に応じた成果を得られなくなってしまうのである。
もっとも、幸か不幸か、今回生じたコロナショックによって、いくら優秀でやる気に溢れた東大法学部や経済学部出身者であっても、上ばかり見る訳には行かなくなるだろう。このため、3~5年後に直面する贅沢な悩みは減るのかも知れない。